第3話 花音ちゃんは祝いたい!
文化祭は一日一緒にいられるわけじゃない。
先輩は先輩で予定があって、私もクラスの出し物がある。
それでも……少しだけでも一緒にいられるなら、私は幸せだった。
私はクラスの出し物の担当をしてから、先輩に会いに行く。
ただ、待ち合わせの時間よりは少しだけ早い。
この待っている時間も幸せを噛み締めながら、少しでも可愛く見られるように髪を整えていた。
「あ、双葉ちゃん。髪気になるの?」
そう声をかけてくれたのは花音先輩だった。
花音先輩は仲良くなって、色々知ってからもそんなに日は立っていない。
それでもお姉ちゃんのように優しく、私が大好きな人だ。
「もしかして颯太くんと待ち合わせ?」
「はい! 少し早いので、ちょっと待っているんです!」
「なるほどね……。それならさ、せっかく文化祭だし、いつもと違ったところ見せたくない?」
「改めておめでとう」
「あはは……。ありがとうございます」
花音先輩は私の髪を触りながら、話をする。
少しくすぐったいけど、お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかもしれない。
「私が言うことじゃないけど、颯太くんのこと大切にしてあげてね? 私にとって大切な友達だし。それに、双葉ちゃん自身も大切にされてね」
「は、はい。……その、少し気になることがあるんですけど……」
「どうしたの?」
「……花音先輩って先輩のこと好きじゃなかったんですか?」
漠然と私の中に残る不安。
先輩は私のことを好きだと言ってくれたけど、花音先輩の本当の気持ちを知らない。
友達や親友という関係でも、やっぱり好きなのかなって思ってしまっていた。
花音先輩の答えは……、
「うん、好きだよ」
思った通りだった。
でも、思っていたのとは少し違った。
「ただね、付き合いたいとかそういうのはないんだ。これが恋かって言われるとわからないし、双葉ちゃんと付き合ってるって知っても嫌な気持ちはないんだよ。だから、やっぱり恋じゃないんだと思う」
「……本当ですか?」
「うん。誤魔化したって仕方ないことでしょ? それに、颯太くんは双葉ちゃんを選んだんだし、仮に私が颯太くんを好きでも関係ないと思うよ」
花音先輩はハッキリと言ってくれる。
好きじゃないって嘘をつきたくないんだと思う。
それが花音先輩にとっての、私に対する誠意というやつだ。
「颯太くんは他の人に浮気したりしないよ。まだ仲良くなって一年くらいだけど、それはハッキリとわかる。だって、そんな人ならもう私はどうかされちゃってると思うし」
「それは先輩がチキンなだけかなって……」
「彼氏に対して酷い言い草だね」
クスリと笑いながら、花音先輩は「よしっ!」と声をあげる。
「できたよ。どうかな?」
そう言って花音先輩は手鏡を見せてくれる。
私はあんまりヘアアレンジなんてものは得意じゃない。
先輩に見せたくて頑張ることはあっても、どうしても不格好になってしまう。
でも、花音先輩が整えてくれた髪は素敵だ。
毎朝見ている自分がまるで別人のように見えてしまう。
「わぁ……っ! ありがとうございます!」
「これくらいならいくらでも。……って、颯太くんとのデートのたびに頼まれるのは遠慮したいけど」
「あはは……」
花音先輩はたまに毒を吐くようになったけど、これは信頼の証なのだと私は思っている。
こうやって本当の姿を見せてくれる花音先輩が嘘なんてつくはずがないのだ。
「……心配しなくてもいいよ。私はどっちにしても、選ばれてないわけだから。颯太くんが付き合いたいって思ったのは、颯太くんが好きな双葉ちゃんだけ。もし私が後で好きだって思っても、今付き合ってない時点で答えは出てるから」
「はい……」
「まあ、彼氏が他の女の子と仲良くしてると嫌だよね」
「他の女の子なら嫌です。でも、花音先輩は違います!」
私の中でどうしても譲れないものはあった。
急に声をあげるものだから、花音先輩は驚いた表情を浮かべた。
「私が好きな先輩は、優しくて頼り甲斐があって、たまに変わったところがある先輩で……。それに、四人で一緒にいる先輩も含まれています。むしろ私と付き合ったからって、先輩が花音先輩や藤川先輩、若葉先輩をないがしろにしてたら幻滅します」
そう……私が好きなのは今の先輩で、みんなに優しい先輩なのだ。
これから少しずつ、色々と変わっていくことはあっても、私のせいで変わってほしくはない。
四人でいるところを見るだけでも、私は幸せなのだから。
それでも……、
「たまには私も混ぜてほしいとは思ってます。その居場所が私にとって憧れの場所だから」
「……私たち、似てるのかもね」
「えっ?」
「私も颯太くんと若葉ちゃん、藤川くんの三人が仲良くしている居場所に憧れてたから」
……やっぱり、そう思っていたのは私だけじゃなかったんだ。
どうしても心地のいい、その場所は……花音先輩にとっても同じだった。
「もっと双葉ちゃんと仲良くなりたいなぁ」
「私も……そう思います」
「私の方が年は一つ上だけど、そんなのって誤差だと思うの。先輩後輩じゃなくって、ちゃんと友達になりたい」
「……はい!」
「……あれ? 双葉と花音? 一緒だったんだ……って……」
「どうしました? 私に見惚れているんですか?」
「……まあ」
「あー、はいはいごちそうさま。颯太くんが喜んでくれたなら、やった甲斐があったよ」
「この髪、花音が……?」
「うん。文化祭だし、二人の特別な思い出。でも、ヘアアレンジした間の時間は私と双葉ちゃんの特別な思い出だからね」
「お、おう……?」
花音先輩は私の長くない髪でも可愛くしてくれた。
後ろの髪をリボンでまとめてくれて、横の髪は片側だけ編み込んでくれた。
シンプルもあって、手も込んでいる。
私のためにここまでしてくれたのが、どうしようもなく嬉しかった。
「先輩! 早くいきましょう! それと、後夜祭のキャンプファイヤーは二人で過ごしましょう!」
「わかったから焦るなって。……花音、ありがとな」
「どういたしまして。二人とも楽しんでね」
「うんっ!」
私がそう言うと、違和感を覚えたのか先輩は首を傾げた。
「花音ちゃんも文化祭楽しんでね!」
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