第2話 春風双葉はほろ甘い

 これは夢ではないのだろうか。


 夢に見ていたことだから、ふと不安になってしまう。

 まだ実感が湧いていない私は、確かめるために教室に向かった。




 文化祭二日目。

 先輩の教室に行っても姿は見当たらない。


「あれ? 双葉ちゃん? 来てくれたんだ!」


「はい! せっかくなので、先輩の顔でも拝んでおこうと思って!」


「私に会いに来てくれたんじゃないのー?」


 そう言ってわざとらしく拗ねたような表情をする花音先輩は、女の私でも可愛いと思ってしまう。

 ……なんで先輩はこの人に惚れなかったんだろう。


「もちろん花音先輩にも会いに来ましたよ! ……でも、ちょっと事実確認と言うか」


「そう……? 颯太くんは調理担当だから中にいるけど……呼んでこよっか?」


「い、いいんですか? できればお願いしたいです」


 不思議そうな表情をしている花音先輩だけど、何か察したのか「今は忙しくないし、代わってくるね!」と言って教室でもついたてが立てられた中に入っていく。

 しばらくすると、ため息をついた先輩が出てきた。


「おう、いらっしゃい……じゃあ、ごゆっくり」


「待ってくださいよー」


 すぐに持ち場に戻ろうとする先輩の腕を掴み、私は引き留めた。

 できるだけ表情に出さないようにしているけど、ちょっとショックかも……。


「離せっ! 俺は仕事に戻らないといけないんだ!」


「大丈夫ですよ、花音先輩が代わるって言ってましたから。それに朝イチなんで混んでないですよね?」


「くっ……」


 そんなに私と会うのが嫌だったのか。

 そう不安に思ったのが表情に出ていたのか、先輩は頭を掻きながらそっぽを向いて言う。


「……照れ臭いんだよ。まあ、なんだ……彼女って実感が湧かなくて」


 耳まで真っ赤になった先輩を見て、私は夢から覚めていた。

 そうだ……やっぱり現実だったんだ!


 この時の私はイタズラを思いついた子供のような表情を浮かべていただろう。


「へー、意識しちゃってるんですね」


 そう言って私が先輩の腕に抱きつくと、少し焦っている。

 払い除けようとして体を離すような動きをしたけど、思い止まったように大人しく私を受け入れた。


 ついたての方からチラチラと顔を覗かせている花音先輩と……藤川先輩。

 花音先輩は嬉しそうに口元を手で押さえていて、藤川先輩は珍しく驚いた表情を浮かべている。


「えーっ!? 二人ってもしかして付き合い始めたの!?」


 突然の声に私は驚きながら振り向くと、そこには若葉先輩が立っていた。

 現実だと思っていても不安はやっぱりあって、私は肯定できなかった。

 しかし……、


「……あぁ、昨日からな」


 先輩は必死に誰にも見られないように顔を背けるが、どこもかしこも興味津々なクラスの人たちが私たちを見ていた。

 ちょっと浮かれすぎちゃっていたかもしれない。


「すみません……。迷惑でしたよね?」


「いや、恥ずかしいけど、そういうわけじゃない。ただ、あんまり目立つのが好きじゃないからな」


「そ、そうですよね……」


「別に双葉と付き合ってるのを知られるのは嫌じゃない。だから、気にするな」


 少し落ち込み気味の私を気遣うように、笑いかけてくれる。

 恥ずかしくて耳まで真っ赤にしているけど……、

 やっぱり先輩は優しいな。


「後で文化祭は一緒に回ろう。とりあえず何か食べてけ」


「はいっ!」


 そして私は抹茶のパンケーキと抹茶アイスを注文した。

 ほろ苦くならなかった私の恋は、少しだけ甘かった。

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