第16話 城ヶ崎美咲は歩きたい

 これからどうしたいのか。


 そう問われた時に、俺は真っ先に答えが出る。

 それは……、


「        」




「颯太くん、卒業おめでとう」


「美咲先輩……、ありがとうございます。来てくれてたんですね」


「そりゃあね。彼氏の卒業式だもの」


 気恥ずかしくなるような、くすぐったい言葉に、俺は咄嗟にそっぽを向く。

 それに気付いた美咲先輩がニヤニヤとしているのは、見なくてもわかった。


「ところでこの後は?」


「そうですね……、親も家で待ってますし、凪沙もすぐに帰ってくると思うので、早めに帰ろうと思います」


「そうだよね」


 凪沙も卒業式に出席はしたが、後片付けがあり今は残っている。

 それでも部活はなく、「今日は卒業祝いだ!」なんで言っていた。

 つまり俺がいないと何も始まらないのだ。


 わかっていながらも寂しげに、美咲先輩は俯いている。


「大丈夫ですよ。もうすぐ、一緒にいれるじゃないですか」


「それもそっか」


 俺の進路は美咲先輩と同じ大学に決まった。

 かれこれ一年は付き合っており、お互いに親とも挨拶を済ませている。

 それもあって、俺が大学に進学したのと同時に、同棲が決まっていた。


 納得した返事をしながらも、やはり美咲先輩の表情は完全に晴れてはいなかった。


「……少しだけ、話しながら帰りますか?」


「いいの?」


「俺も一緒にいたいので」


 年齢よりも大人びて見える……そんな彼女は年相応どころか、まるで幼児退行でもしたように、目を輝かせていた。

 俺はクスリと笑いながらも、一歩踏み出した。


「さ、行きましょう」




 それからは他愛もない話ばかりだった。


 これからどうやって生活していこうか、どうやって家事分担していくか……すでに決めてあったことも、確認するように何度も繰り返す。


 何かを話したいわけではない。

 ただ、この二人きりで話しているという事実が、かけがえのない時間なのだ。


 家が近づくにつれて、俺たち二人ともの足取りは重くなる。

 まだこの時間を終わらせたくなかった。


 しかし、美咲先輩は、少しだけ違う気持ちもあったようだ。


「……大丈夫だよね?」


「突然どうしたんですか?」


「いや、ちょっと不安になって」


 苦笑いしながら美咲先輩はそう言った。

 不安になる要素に心当たりがなく、俺はすぐに返事をできずにいた。


 そんな俺の表情を読み取ってか、美咲先輩は勘違いをする。


「ごめん、困らせるつもりはなかったんだ」


「えっと……、どういうことですか?」


「いや、私の気持ちが重いかなって……」


 それを聞いても、俺はまったくもってわからなかった。

 美咲先輩の言葉から真意は読み取れない。


「……颯太君は、私とこれからも一緒にいてくれるのか、不安になったんだよ」


「突然ですね」


「まあ、ふと思っただけだから」


 何かそう思わせるようなことをしてしまったのか……そう考えてみるが、やはり思い当たることはない。


「すみません、何かしちゃいました?」


「なんていうか……、颯太くんが大学生になるのが嬉しい反面、私でいいのかなとも思うんだよ」


「……なんでですか?」


「大学生になれば、出会いもあるでしょ?」


 そんなことを言われると、俺は返答に困ってしまう。

 一年前、俺も同じことを思っていたからだ。


 不安がな美咲先輩の顔を見て、俺は思わず笑いが込み上げてしまった。


「なんで笑うの?」


「ごめんなさい、ちょっと、俺たちって似てるのかなって思って」


 怒ったように頬を膨らませる美咲先輩は、俺の言葉でキョトンとした可愛らしい表情に変わる。


「美咲先輩は付き合ってすぐに大学生になったわけじゃないですか? 俺はまだ高校生だったわけで、正直に言うと不安でしたよ。だって、美咲先輩の周りは、俺なんかよりも男で……美咲先輩に見合うような人ばかりですから」


「そんな……、私は颯太くんしか考えられないよ」


「俺も同じですよ。それに……、美咲先輩に見合うような人に取られる前に、俺が美咲先輩に見合う男になればいいって思いました」


 つい残っている笑いを浮かべながら美咲先輩のそう言うと、美咲先輩は再びキョトンとした表情に戻った。


 そして、俺は真剣な表情に変え、美咲先輩の目をまっすぐに見た。


「俺は美咲先輩が好きです。これからもずっと……一緒にいてくれますか?」


 そう問いかけると、用意していたわけでもないはずが、美咲先輩の口からはすんなりと言葉が出る。


「私も颯太くんが好き。これからも一緒にいてください」


 あと数メートル……そこで今日のところはお別れだ。

 しかし俺たちは、まるで今から歩き始めるかのように、自然と手が絡み合う。


 ……いや、二人で歩き始める人生は、今からだ。

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