第11話 城ヶ崎夏海はからかいたい!
「お兄さーん」
放課後になり、下駄箱で靴を履き替えようとしていると、そう呼び止められる。
こんな風に俺を呼ぶのは知る限りでは一人しかいない。
妹でもないのに、何故か俺のことを『お兄さん』と呼ぶ彼女は、独特のほんわかとした間延びする声で話しかけてきた。
「夏海ちゃん、どうしたの?」
「見かけたので声をかけただけですよー」
そう言いながら、俺の腕に絡みつく。
姉と同じような大きなものを押し当てられ、俺は咄嗟に距離を取った。
「お兄さんのいけずー」
「距離が近いんじゃないかな?」
「いいじゃないですかー。私とお兄さんの仲ですからー」
一体どんな仲かと問われると、やや複雑ではある。
夏海ちゃんが受験の時に一度会ったことはあり、入学してから凪沙の友達として紹介された。
その際にいきなり告白をされたのだ。
もちろん俺は『彼女がいるから』と丁重に断ったが、もう一つ複雑な関係でもある。
告白してきた夏海ちゃんは、俺が付き合っている彼女の美咲先輩と姉妹なのだ。
「美咲先輩に悪いからそういうのはなしで」
「えー、でもー、兄妹なら普通じゃないですかー?」
「俺たちは別に兄妹じゃないから……」
「えー? じゃあ、お姉ちゃんと別れるってことですかー?」
「なんでそうなるんだ?」
「だって、結婚したら私たちは兄妹になるわけじゃないですかー?」
確かに言えてはいるが、これからの未来のことなんてわからない。
……いや、もちろん別れるつもりはないけど。
ただ、一つ言えることは……、
「そうだとしても、今は別に兄妹でも何でもないから」
今はただの他人ということだ。
そもそも俺が美咲先輩と結婚したところで義理の兄妹となるだけで、実際は他人と何ら変わらない。
色々と押し付けられても困るのだ。
「仲良くしましょうよー」
「十分仲良くしてると思うけど……」
「お兄ちゃんに憧れていたんですよねー」
話がかみ合っているのか噛み合っていないのかわからない。
このマイペース差が夏海ちゃんの良いところでもあるが、ただ一つ思うのが何でここまでマイペースな夏海ちゃんの頭がいいのかということだ。
姉譲りというのか……夏海ちゃんは首席で高校に合格するほど頭がいい。
「それで、特に用事がないなら帰りたいんだけど……」
「そうですかー、これからお姉ちゃんと一緒に遊びに行く予定なのでー、お兄さんも誘おうと思っていたんですよねー。でも、忙しいならー」
「そういえば、ちょうど今日は予定がなかったんだよなぁ」
「……お兄さんってー、清々しいですねー」
いつもはほんわかとしている垂れ目から突き刺さる視線が痛い。
夏海ちゃんは年上や好きな相手……ましてや姉の彼氏にはおおよそ向けないような目で俺を見ていた。
「……あれ、颯太くん?」
「せっかくだからー、私が誘ったんだー」
「そうなんだ。……勉強は大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ! 今日は夜からやる予定だったので!」
「……そう?」
またしても似たような視線が彼女から突き刺さる。
美咲先輩は俺と会う時とは違って、少しだけラフな格好をしていた。
いつもの服も可愛いが、こういう気を抜いた格好もそれはそれでいい。
「ところで、何も知らないままついてきたんですけど、今日は何をするつもりだったんですか?」
「あれ、聞いてないんだ。今日は服を買おうかなって思ってたんだ」
「なるほど……」
服のことは詳しくないとはいえ、過去の経験から多少なりとも勉強している。
ただ、出しゃばれば痛い目を見ることはわかっているため、今日のところは荷物持ちに徹しようと決めた。
「服の予定だったけどー、下着も買おうかなー?」
「えっ?」
夏海ちゃんはいつものようにマイペースな顔で……いや、ちょっとだけ悪戯心が加わって口角を上げながらそう言った。
「私のも選んでほしいですけどー、お姉ちゃんは選んでもらった方がいいんじゃないかなーって」
「な、夏海? 何言ってるの?」
「だって、好みを把握しておいた方がいいんじゃないー?」
「そ、そんなのまだ早いから!」
「でも、いつかはそうでしょー?」
「うぅ……」
反応しづらい。
ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ想像してしまったが、俺には刺激が強すぎたようだ。
そして美咲先輩も顔を赤くして、何故か俺を睨んでいる。
それにしても、マイペースな夏海ちゃんを美咲先輩が引っ張っていくという姉妹関係なのかと思いきや、マイペースな夏海ちゃんに美咲先輩が振り回されているらしい。
俺も振り回されることになるのは、言うまでもなかった。
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