第9話 城ヶ崎美咲は歌えない
「……美咲先輩って、大体何でもできると思っていました」
「……恥ずかしい」
ボウリングを終えた俺たちはカラオケに移動した。
それから数曲歌った後なのだが……美咲先輩は手で顔を隠し、俯いていた。
ほんのりと耳が赤くなっているのはまるわかりだ。
「あれ、でも中高の成績はオール5って言ってましたよね?」
「練習すれば何とかなるんだよ。芸術科目は得意じゃないけど、授業や合唱は練習するから評価は良かったけど、カラオケに来ることなんてあんまりないからね」
「クラスで打ち上げとかでカラオケとか行かなかったんですか?」
「さっき歌った何曲かは練習していたんだよ。クラスの打ち上げって、人数が多いから歌っても数曲だし」
「つまり、持ち歌がなくなったと」
「うん……」
薄々気付き始めていたが、美咲先輩はなんでも完璧にこなせるわけではない。
すべて努力があったこそ、できたことなのだ。
「運動も別にできるわけじゃないけど、練習をしたからできていただけだよ。その中でもバレーは得意だったし、中学は部活に入らないといけないからやっていたんだ」
「なるほど……」
朝練も早く出てきて自主練をしていた。
それもあって二年生の頃からレギュラーとして活躍していたというのは素直にすごいことだと言える。
「流行りの曲なんてBGMとして流れているのを聞くくらいだからね。ために勉強の時に聞くから、歌えるかもしれないと思ったんだけど……」
「転調しているところとか、初見じゃ難しいですよね」
「その通りです……」
だんだん弱々しくなっている美咲先輩は、カッコいい美咲先輩を知っているだけに可愛く見えていた。
誰しも短所はあるものだ。
美咲先輩の短所は、俺から見たら長所にしか見えなかった。
「気にしなくてもいい……って言っても、美咲先輩は気にしてるんですもんね」
「そうだよ……」
「苦手なら別のところを探してもいいですけど……、どうしようかな……」
「い、いや、カラオケは続けたい!」
「そうですか……?」
美咲先輩の言葉にはどこか熱がこもっていた。
恥ずかしい思いをしているはずだが……。
「颯太くんの声を聞きたいんだ」
「……そ、そうですか」
真正面からそう言われ、俺は思わず顔を背けた。
自分の声がいい声だとは思っていないが、美咲先輩からするとどうもいい声らしい。
多分、俺が美咲先輩の声を聞いていたいのと同じように、岬先輩思ってくれているのだ。
「何か歌ってほしいものがあれば、歌える曲なら歌いますけど……」
「それならこれとか……低音の曲がいいかな? 他の曲は知らないし、颯太くんのおすすめの曲が聞きたい」
「わ、わかりました」
食い気味の美咲先輩に気圧されながら、俺は美咲先輩の好みに合いそうな低音の曲や、俺が好きな曲を選んだ。
ほとんど俺のリサイタルになっている気がするが、美咲先輩は楽しそうにしている。
こうして俺たちは楽しんでいた。
ただ、カラオケが終わる頃には、俺の声はやや潰れていた。
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