第7話 城ヶ崎美咲は決行する

「お、お邪魔します……」


「ささ、遠慮なく上がって」


 女の子の家。

 今までに入ったこともあったが、それは恋愛感情もないただの友達の家だけだ。

 しかし今日は違った。


「……緊張してるの?」


「そりゃあ、まあ……」


「そんなに緊張しなくてもいいのに」


「だって、彼女の家に来るなんて初めてですから」


 そう、彼女の家に来るのは初めてなのだ。

 そもそも、付き合ったこと自体美咲先輩が初めてなのだが。


 付き合って一ヶ月が経ち、今日は俺の方が美咲先輩に会いに来ていた。


「私も彼氏が家に来るのは初めてだよ。まあ、彼氏ができたのも颯太くんが初めてだけどね」


「……そういうこと言われると、もっと緊張します」


「私だって緊張してるよ。……あ、ただ、タンスの中は流石に恥ずかしいから見ないでね?」


「見ません。逆に意識するので言わないでください」


「……見ないんだ」


 美咲先輩は何かつぶやくと、頬を膨らませていた。

 怒っているように見えるが、怒らせるようなことをした覚えはない。


 最近の美咲先輩はやたらと表情が豊かで、少し前にデートの話をして以降、上機嫌になったり不機嫌になったりする。

 美咲先輩の言うように勉強に集中する宣言をしたはずだが、どうも納得がいかないらしい。

 もしかしたらそういう日なのかもしれないため、いつもよりいたわってあげた方がいいかもしれない。


「美咲先輩、体調とか悪かったら言ってくださいね」


「……急にどうしたの? 別に元気だけど」


「あ、いや、それならいいです」


 どうやら見当違いらしい。

 情緒不安定なのは他のことで何かあったからだろうか。


「さ、早速ですけど、勉強しましょうか? 今日もよろしくお願いします」


 話の流れを変えるため、今日美咲先輩の家に来た目的に移る。

 どこをどうしても勉強をしないといけないのは悲しいが、いつもとは違う環境での勉強に、俺は少しだけやる気が上がっていた。

 ……のだが、美咲先輩はやはりどこか不機嫌そうだ。


「美咲先輩? どうかしました?」


「別に、なんでも」


 なんでもない人の言い方ではない。

 ただ、深く追求するのもはばかられる。


「今日は何からしましょうか? 数学……は結構進んでるので、英語か社会系ですかね?」


「……何持ってきてるかわからないから、とりあえず全部出して」


「えっと……現代社会と政治経済と……」


「全部出して。教科書とか参考書とか、ノートも全部」


「は、はい……」


 いつもよりも圧が強い。

 まるで何かを狙っているような気はするが、目的がわからず、俺はただ従うだけだ。


「……これで全部です」


「そっか」


 そう言う美咲先輩は、俺の出したものを整頓し、机の隅に寄せた。


「美咲先輩?」


「颯太くん。今日は勉強はしないから」


「えっ?」


「……デート」


「デート?」


「今日はデート行く」


 突然のことに、俺は理解が追いつかない。

 勉強をしに来たはずが、デートをすることになるのだから。


「今日は出かけたかったから誘ったつもりだったけど、言葉が足りなかったみたいだね。荷物も重いから勉強道具は置いて、今日は出かける」


「は、はあ……。でも受験のために勉強って言ってませんでした?」


「息抜きは必要。だからデートも勉強のうちだよ」


 賢い美咲先輩とは思えない、説得力皆無な暴論だ。

 しかし、そう言ってくれるのであれば甘んじて受け入れよう。


「わかりました。行きましょうか?」


「……うんっ!」


 普段の様子とまったく違う。

 まるで今までの不機嫌が嘘のように……そしてクールさなんてまったく見当たらない、年相応の屈託のない笑顔を見せてきて、不覚にも俺の胸は高鳴っていた。

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