第6話 青木颯太は遊びたい!

 美咲先輩と付き合い始め、何か変わったかと言えば……少しだけ変わった。


「颯太くん、お待たせ」


「俺もちょうど来たところですよ」


「そうなの? 双葉さんからはこういう時、颯太くんは適当に時間を潰してたって言うって聞いてたけど」


「本当に今来たところですから」


 まだ待ち合わせの十五分前。

 俺が来てからまだ五分も経っていないため、本当のことを言っただけだ。

 普段なら言うかもしれないが、今日は言う必要もなかった。


「そっか。……まあ、とりあえず行こうか」


「そうですね」


 今日は休日だ。

 地元を離れた美咲先輩だが、俺に会うためにわざわざ来てくれた。

 そんな先輩の期待に応えられるようにしたい。


 ……ただ、


「……わかりません」


「これ、一年生の範囲だけど?」


「……聞いてませんでした。寝てました」


「まったく、颯太くんは……」


 期待に応えられる予感はしなかった。


 今日会っているのはデートのためではない。

 大学生になって少しだけ真面目さや棘が抜けたような美咲先輩だが、相変わらず真面目で厳しいことには変わりない。

 俺の受験が終わるまで美咲先輩は勉強を見てくれることになり、今日は喫茶店に来て勉強をしていた。


 付き合い始めて変わったこと……それはこうして休日に二人で会うことが頻繁になったのだ。

 ……とは言っても、まだ二回目だが。

 ただ、前まではたまにはあったが、毎週のように会うことはなかった。

 デートではなく勉強のためとはいえこうやって会うことは、付き合っていなければなかったかもしれない。


「とりあえずここはこうして……って聞いてる?」


「聞いてませんでした」


「潔いのは褒めてあげよう。でも、ちゃんと聞いてね?」


「……美咲先輩が可愛いなって思ったんで」


 つい正直にそう言うと、美咲先輩の顔は見る見るうちに赤くなっていく。

 しかし、事実だからしょうがない。

 それに、いくら受験生とはいえ、俺だって男なのだ。

 可愛い彼女がいるのにデートができず、ただ勉強をしているだけというのは少しばかり寂しいものだ。


「そ、颯太くん?」


「あっ、可愛いっていうよりも綺麗の方が合ってますね」


「そういう問題じゃなくってさ……」


「……せっかく付き合ったんですから、彼女とデートくらいしたいですよ」


 初彼女に舞い上がっているところはある。

 それを抜きにしても、彼女は大切にしていきたい気持ちがあった。

 特に俺は好きな人とじゃなければ付き合いたくないと思っていたため、付き合ったということはそれだけ好きだということなのだ。

 勉強も大切とはいえ、少しくらいは二人で勉強ではない時間を過ごしたかった。


「……それは私もだよ」


「えっ?」


「私も颯太くんとデートしたいけど、これからずっと一緒にいるなら、進学とか就職のことは考えないといけないし……。それに、私の方からガツガツいくのもどうかと思って、ちょっと大人ぶってた」


 そう言って頬を赤く染め、恥ずかしさを隠すように口元に手を当てると視線を逸らした。

 いじらしい美咲先輩に、俺は心臓が熱くなる。


「でも、颯太くんがそう言ってくれるなら今からでもデートに……」


「いえ、勉強します」


「……えっ?」


「勉強して、一緒に美咲先輩と大学生活を送りたいです」


 何が何でも一緒にいたい。

 少しでも多くの時間を過ごすには、俺が大学に合格するのが一番だ。


 美咲先輩は嬉しそうに頬を緩めると、同時に悲しそうに眉をひそめ……頬を膨らませていた。


「どうかしましたか?」


「……なんでもない」


「えっと……、美咲先輩?」


「いいから、勉強に集中。颯太くんの馬鹿」


「えぇ……」


 勉強をするように言われ、勉強をしようとしたら怒られてしまった。


 不貞腐れた美咲先輩だが、ちゃんと勉強は教えてくれる。

 しかし、どこかいつもよりも厳しいような気がしていた。

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