第9話 綾瀬碧は続いていく

「今日はありがとねっ!」


「俺の方こそありがとう。急に呼び出したのに来てくれて」


「呼ばれたら行こうかなって思ってたから、全然だよっ」


 ひとしきり話をしてゲームをした後、碧を家まで送ることとなった。


 家はそこまで遠くない。

 中学は違ったとはいえ、電車通学ではないため歩いて行ける距離だ。

 もうすぐお別れとなるのが少し名残惜しい。


「それにしても、かのんちゃんって思ってた感じと違うねっ」


「色々あるんだよ。詳しくは話せないけど、周りが見てる花音と俺とか虎徹、若葉が見てる花音は全然違うんだ」


「なるほどねぇー。それが仲良くなった理由に関係するってところかな?」


「……まあ、そうだな」


 勝手に言えるはずもなく、ぼかしてはいるが碧も確信しているようだ。

 それもそのはず、今日の花音は学校での猫を被った様子はなく、いつも俺たちに見せている花音だったのだ。


「そういえば、かのんちゃんが小林くんにキレたって噂もあったけど、あれって本当な感じだよね?」


「あー、あったな」


 まだ二、三ヶ月くらいと時間は経っていないが、濃い時間を過ごしてきた分、だいぶ前のことに感じる。

 しつこく言い寄ってきた小林を教室で盛大に振っていた。

 噂は流れているが普段の花音の様子もあるため、どうもあまり信じられてはいないらしい。


「あれはキレてもしょうがない。俺も当事者だけど、仮に花音の立場だったらキレてる」


「そんなに? っていうか、当事者?」


「まあ、俺も巻き込み事故食らったって感じだな」


 花音は言い寄られてキレたというのもあるが、俺のことを悪く言っていたことも花音の怒りに触れた一つの理由だ。

 言っていること自体はさほど間違っていないとは思っているが、言う相手を間違えている。

 誰だって仲良くしている人が悪く言われれば、気分は悪いだろう。


「なるほどねーっ。かのんちゃんも色々あるんだ」


 納得したように碧は頷く。


 今はまだ話していないが、なんとなく花音は近い未来、碧に自分のこと……猫を被っている理由も話すだろう。

 そんな気がしている。

 碧と付き合っているからというフィルターが入っているかもしれないが、花音にとって碧は信頼できる人だと思うのだ。


 それに……、自惚れているだけかもしれないが、親友の俺が付き合っているのだ。

 花音が碧を信頼をする理由に足りるだろう……なんて思っている。


「……なんかさ、颯太くんと話してると、あっという間だねっ」


「俺も、碧と話しているとあっという間だよ」


 今回の場合は花音の話になったが、二人で遊びに行った時も、さっき海辺で話していた時だってそうだった。

 碧と話している時間はすぐに過ぎ去っていく。

 楽しいからこそだが、名残惜しい。

 一秒でも無駄にしたくないと思えた。


「……って、もう家着くのか?」


「ううん、まだだよ。あと五分もかからないけどっ」


「そうか……」


 このまま寄り道をして、もう少し一緒にいたい。

 ……なんて、わがままなことを考えている。


 もしかしたら碧も同じ気持ちでいてくれているのか、寂しそうな表情を浮かべていた。


 しかし、話す内容があるわけでもなく、ただ一緒にいたくて、他愛もない話をしたいだけだ。

 際限がなく、いつまでも話したくなってしまうだろう。

 そうなると、離れるのがもっと名残惜しくなってしまう。


「寂しいけどさ、いつでも話せるし、いつでも会えるよ」


「……本当?」


「流石に常にとは言えないけどさ、お互いに用事があったりもするわけだし。……でも、会える時は会うし、メッセージだって送る。電話もいつでもできるから」


「……そうだねっ!」


 寂しい気持ちは隠せない。

 それでも笑顔を見せてくれる碧に、俺は安心していた。


 そして、この笑顔を守りたいと思っていた。


「まだ俺たちは付き合い始めたばかりだし、これから思い出も作っていけばいいさ」


「うんっ、楽しみっ! 夏休みは……受験もあるから勉強しないとだけど、遊びに行ったり、祭りに行ったり、一緒に勉強したりもできるしねっ!」


「そうだな」


 受験勉強は大切だ。

 ただ、この時期に付き合ったのだから、言い訳にして碧のことをないがしろにはしたくない。

 それに四人で遊ぶ約束もしている。

 贅沢かもしれないが、全部大切にしたい。

 俺にとって必要な時間だから。


「改めて……これからよろしく」


「うん、よろしくねっ?」


 これから時間はいくらでもある。

 今という時間は一瞬でも、いくらでも思い出を積み重ねることはできるのだ。


 叶うならば、覚えきれないほどの思い出をこれから作っていきたい。

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