第8話 綾瀬碧は溶け込みたい

「ささ、碧さん! お茶でもどうぞ! ぜひくつろいでください!」


「あ、ありがとう……」


 凪沙はそう言って碧にお茶を出しているのだが……、


「ちょっと待て、もしかして三人で遊ぶ時も俺の部屋だったのか?」


「そうだけど、ダメだった?」


「いや、なんで言うか……、せめて一声かけてくれ」


 ゲーム自体俺が買ったものだが、使われるのは問題ない。

 凪沙の部屋に繋ぎ直すのも面倒なため、部屋を使うのも構わない。

 マンガも元に戻してもらえばいいし、お菓子のゴミなども後で片付けてもらえばいい。

 しかし、問題はそこではないのだ。


「碧さんがいるから他の女の子を部屋に入れたくないけど、私の友達ならいい。でも、それはそれで後で変な誤解を生みたくないから連絡がほしかった……ってところかな?」


「わかってるなら連絡くれよ……」


「えー、家に連れてくるとは思わなかったし。おにいだよ?」


「俺をなんだと思ってるんだ!」


「ヘタレ。またの名をフライドチキン」


「兄に対して酷い仕打ちだな……」


 言わんとすることはわかるが……。

 俺だって連れてくるつもりはなかった。


「あの……、迷惑だったかな?」


「いえいえ! そんなことないですよ! おにいがまさか家に連れ込むなんて思わなかっただけですよー」


「それならよかった……」


「俺はよくないが?」


 碧が無駄に傷つかなかったのはよかったが、俺が無駄に傷ついていた。


「ところで、おにい。ちゃんと紹介してよ」


「ああ、そうだな」


 俺は場を改めるように咳払いし、仕切り直す。


「碧、この子は俺の妹の凪沙。桐ヶ崎の一年生でバスケ部だから、双葉の後輩だ」


「凪沙です! 夕凪の『凪』に『さんずい』と『少ない』で凪沙です!」


「それで凪沙、知ってると思うが付き合い始めた綾瀬碧だ」


「よ、よろしく…」


 付き合い始めたということもすでに勘付いてはいるのだろうが、三人に報告をすると拍手が巻き起こる。

 改めて伝えると、気恥ずかしくて仕方ない。


 そもそも、凪沙に紹介するのはわかっていたが、花音や双葉がいるとは思わず心積もりをしていなかった。

 この状況はなかなかカオスと言える。


 それは碧も同じ気持ちのようだ。


「それでそれで、二人はどこまでいったの!?」


「な、凪沙ちゃん……、付き合い始めたばっかりだから流石に……」


「き、キスはもうしたよっ!」


「碧!?」


「よっ! 先輩手が早いですねー!」


 まさかいきなり辱めを受けるなんて思っていなかった。

 双葉は騒ぎ立て、花音と凪沙は意外そうな表情で驚いている。


「おにいの癖に……。家に連れてくるのもびっくりだけど、キスを済ませるなんておにいとは思えない」


「凪沙は一体俺を何だと思ってるんだ……」


 兄妹で恋愛話をすることはほどんどないため、ここまで酷い印象を持たれているとは思ってもいなかった。


 ここまで暴露をしたが、何か感じたのか、碧は暗いような考え込んだ表情に変わる。


「あの……かのんちゃん」


「ん? 何かな?」


「私と颯太くんが付き合うことになったけど……嫌だったりしないの?」


 二人でも話していたことだが、碧は俺と花音の友達関係について肯定的だ。

 花音も俺に恋愛感情はなく、俺とは友達……親友でいたいという気持ちなことも聞いている。

 しかし、碧は本人の口からはっきりと聞きたいのだろう。


 花音の答えは変わらない。


「私は颯太くんとは親友だって思ってるし、それ以上でもそれ以下でもないよ。だから綾瀬さんは気にしないでいいんだよ」


「それならいいんだけど……」


「むしろ、私の方が邪魔だよねって思ってるけどね。颯太くんと付き合うつもりはないし、なかったけど、綾瀬さんに限らず彼氏が女の子と仲良いっていうのは微妙だよね」


 そこが一番の悩みというところはあった。

 俺は花音と疎遠になりたくはない。

 四人で一緒にいることは、俺にとってのまた違う大切な時間ということは変わらない。

 しかし、四人でいるのは結局のところ、女子がいるため彼女を複雑な気持ちにさせてしまうことになるのだ。


「うーん……、正直何とも言えないんだよね。颯太くんの交友関係を制限したいわけじゃない。でも、かのんちゃんは可愛くて優しいし、女子の私から見ても魅力的だと思うから、不安がないわけじゃないから」


 碧自身も答えが出ていないというところだ。


 しかし、答えを出すために、歩み寄ろうとはしてくれていた。


「私さ、かのんちゃんのことよく知らないから、これからもっと仲良くなりたいかな? 二人でも、三人でもいいから遊びに行きたい」


「いいね! 私も綾瀬さん……碧ちゃんと仲良くなりたい!」


 どうやら過剰に不安になる必要はないらしい。

 そもそも、二人とも性格は良いのだ。


「その……双葉ちゃんはどうなの?」


「えっ、私ですか?」


「てっきり颯太くんのこと好きだと思ってたんだけど、関係が発展する様子もなかったし、どうなのかなって……」


 流石にそれは考えすぎだ。

 そうツッコもうとしていると、双葉は苦笑いをしながら答えた。


「私も先輩のことは好きですよ? でも、幸せならいいかなって思ってます。後輩のポジションは私だけのものですから」


 ゆるりとした告白にも近い言葉に、俺は一瞬何を言われたのかわからずに唖然としていた。

 しかし言葉の飲み込んでようやく理解すると、今度はパニックになった。


「えっ、双葉って俺のこと好きだったの?」


「好きですよそりゃあ。気付かなかったんですか?」


「気付かなかった……」


 碧も言ってはいたが、後輩としてい慕ってくれているだけだと思っていたのだ。

 三人からは「鈍感」と言われるのだが、俺が敏感だったらもっと早くに彼女ができていてもおかしくなかったのだから、責められる筋合いはないだろう。


「双葉ちゃんっておにいに負けず劣らずのフライドチキンだから、正直応援はしてたけど呆れてたんだよねー」


「凪沙ちゃん……? 先輩に対してその言い草は何かな?」


「今更先輩ぶっても遅いよ! 私が双葉ちゃんを先輩として扱うのは、部活の時だけって決めてるから!」


「……明日、楽しみだね」


 どうやら明日の女子バスケ部は大変なことになりそうだ。


 しかし、何はともあれ、収まるところに収まったという感じだろうか。

 最終的には和やかな雰囲気のまま、やや肩身の狭い女子トークが始まるのだった。

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