第7話 綾瀬碧は追いつかない

「な、なんか緊張するね……」


「碧が来たいって言ったんだろ?」


「そうだけどさ!」


 あれからしばらく話をした後、碧は突然家に行きたいと言い始めた。

 幸い、いたとしても凪沙くらいなため、海を堪能してから再び電車に乗り込んだ。

 ……まあ、その凪沙も出かけてるかもしれないけど。


「……改めて確認だけど、本当に私でいいの?」


「いいも何も、俺が好きなんだよ」


「あ、ありがとっ。……でも、相当わがままというか、自爆してめんどくさい女だったよ?」


「まあ、あんまり毎回だとしんどいけど、今回は考え込みすぎてだだけだろ?」


「そうだけど……」


 碧は俺のためにと考えた結果、あらぬ方向に暴走してしまった。

 そんな暴走を引き起こしてしまったのは、二人で遊んでいる最中に俺がよそ事を考えてしまったことが原因だ。

 どちらにも問題があり、どちらも悪いのだ。


「結局さ、お互いのことを理解していないのが原因だと思うんだよ」


「……と言うと?」


「気になることがあったらさ、まずは話し合おう。俺たちはお互いのことがわからないから、言葉で伝えないとわからないと思うんだ」


 俺も碧が何で関係を終わらせようとしていたのか、考えていなかった。

 いや、まったく考えていなかったわけではないが、碧が考えていたこととはズレていた。

 そのズレからすれ違いかけようとしたのだ。


「なるほどねっ……。付き合っていく中での約束事だねっ。……なんかカップルっぽい」


「付き合い始めたわけだし、ぽいもなにもカップルじゃん」


「そうだけどさっ!」


 そう言う碧の頬は真っ赤に染まっていた。

 これは言葉にしなくてもわかる。

 しかし、そんな碧が可愛く、つい悪戯心が芽生えてしまった。


「照れ臭いのか」


「むーーーっ! 颯太くんの意地悪!」


「あはは、ごめんごめん」


 碧はむくれてそっぽを向いてしまった。

 ただ、不自然に左手を宙に浮かせている。


 俺はその手に自分の右手を重ねる。


「……んっ」


 どうやら正解のようだ。


 手を優しく……そして強く握り、俺たちは歩いていた。




「ただいまー」


「お、お邪魔します……」


 俺たちが家に帰ると、二階からドタドタと音が聞こえる。

 どうやら凪沙は家にいたようだ。


 そう考えていた俺だが、違和感を覚えた。

 ……何故か靴が二足多いのだ。


「おかえりー、お邪魔してま……って、綾瀬さん!?」


「か、かのんちゃん!? なんで!?」


 碧は俺に視線を向けてくるが、理解が追いついていないのは同じだ。

 首を横に振り、現状を把握できていないことを伝える。


 花音はそれに気づいたのか、答えてくれた。


「凪沙ちゃんに用事ができて振られたって双葉ちゃんが言って、二人で出かけようと思ったんだ。そしたら凪沙ちゃんの用事が終わったって連絡が来て、それなら三人で遊ぼうかって話になって……」


「……把握した」


 よりにもよってうちで遊ぶのか……。

 凪沙の交友関係でもあるから何も言えないけども。


「それで、その凪沙と双葉は?」


「私が一抜けしたから、お出迎えしただけ。二位以下で争い中」


「ああ……」


 某レースゲームで花音がぶっちぎったというところだろう。

 普段は嗜み程度でしかゲームをしない凪沙と双葉の二人と、本気ガチでゲームをしている花音とでは雲泥の差があるのだ。


 そんなことを知る由もない碧は目を丸くしているだけだった。


「あ! おにい、おかえり!」


「先輩! 私勝ちましたよ!」


 白熱したレースを終えた二人が降りてくる。

 二人とも一瞬だけ目を丸くしたが、凪沙はすぐに状況を把握したらしい。


「おにいもやるね〜。ささっ! 碧さん、どうぞ!」


「は、はいっ……」


 この急展開に頭を抱えながらも、なるようにしかならないため諦めの境地に入っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る