第6話 綾瀬碧の伝える気持ち

「……お待たせ」


「来てくれてありがとう」


 突然呼び出したにも関わらず、三十分も経たずして碧は待ち合わせの駅前に来てくれた。


「もしかして、予定あった?」


「ないけど、なんで?」


「すぐ来てくれたのに、メイクとかしてるから」


 人によるかもしれないが、出かける予定がなければメイクをしないという人は多いと聞く。

 少なくとも凪沙は、一日中友達と出かけるという予定でもなければすっぴんだ。軽く出かける時くらいなら、そのまま行ってしまう。

 それにも関わらず碧はしっかりとメイクをしているため、予定でもあったのではないかと考えてしまった。


 何気なしに聞いた俺だが、碧は言いづらそうにしながら答えた。


「……呼び出されるかもって思ったから。いつでも行けるようにって思って」


 碧はそんなことを言う。

 この時点で、俺はいくつか安心していた。


 まず、嫌われているなら来てくれないだろうというところだが、碧は来てくれた。

 そして、誘う前から出かける準備をしていた。

 凪沙が言うように、俺は勝手に思い込んでいただけなのだ。


「それよりさ、話がしたいんだっけ?」


「ああ、……適当に喫茶店でも入ろうか?」


「ううん、行きたいところがあるんだ」


 そう言い、碧は俺の手を引く。

 軽く触れることは昨日もあったが、しっかりと手を掴むのはこれが初めてだ。

 ……正確に言うと、俺と碧が仲良くなるきっかけとなった体育祭のリレーでは、手どころか抱き合っていたけど。


 手汗をかいていないか心配になりながらも、俺は引かれるまま碧に着いていった。




 電車に乗り十五分ほど揺られ、電車を降りてから十分程度歩く。

 俺たちがやってきたのは、一番近い海辺だった。


 波の音がさざめき、海開きがされているため人もそこそこいる。

 そんな場所だが、当然水着も何も持っていない俺たちが泳げるわけもなく、海水浴客が少ない海辺の端に向かう。

 ちょうどよく段差に座れたため、俺たちは腰を下ろした。


「ここに来たかったんだ。夏だなって思うし。……と来たかった」


「……そっか」


「それで、の話したいことって何かな?」


 たった少しの違い。

 名前をどう呼ぶのかという些細な違いが俺の心を抉る。

 にこやかな笑顔を浮かべながら、碧は攻撃的な言葉を吐いた。


「……碧は俺のこと嫌いになったのか?」


「……何で?」


「付き合う前提の友達を辞めるってさ、フラれたと思ったんだ。……でも、正直わからない。会ってから普通な感じで振舞ってるし、さっきは手を繋いできた。それなのに呼び方だって……わざとだよな?」


「……うん」


 どういうわけかはわからない。

 しかし、碧は俺を意図して傷つけようとしていることはわかった。


「何のためにそんなことを言ったのか……そんなことをしたのか、俺は聞きたいんだ」


 碧が何を考えているのか、俺が考えても予想しかできない。

 どれだけ考えたとしても予想しかできず、結論はわからないのだ。


「私ね、嫌いになりたいんだ。颯太くん……青木くんのこと」


「嫌いに……なりたい?」


「うん。なりたいの。……好きな気持ちは変わらなくって、でも苦しいの。颯太くんはやっぱり、かのんちゃんの方がいいんだって思ったから」


 何故かそこで花音の名前が出てくるのだろうか。

 その答えはすぐにわかる。


「四人でいるところを邪魔したいって思わないんだ。でも、……若葉ちゃんと藤川くんは二人が良い感じだけど、かのんちゃんとは颯太くんが良い感じだって思ってるし、思ってた。だから、本当は私よりもかのんちゃんの方がいいんじゃないかなって思ったんだ」


 そんなことない。

 そういうのは簡単だが、それで納得してくれるわけもないだろう。

 納得できるのなら、多分碧はここまで考え込んでいない。


「四人の関係を邪魔したくない。でも颯太くんにとっては四人の関係が大切で、私が邪魔なんじゃないかって思ったんだ。だから、颯太くんはかのんちゃんと付き合うべきだって思ったんだ」


「それが何で俺のことを嫌いになりたいってことになるんだ?」


「……だって、かのんちゃんみたいな人がいるのに、颯太くんは優しいから私のことを考えてくれる。でもプールでいた時、颯太くんは私のことを考えてくれなかった。それが嫌だってわけじゃなくて、やっぱり四人の関係が大切だって気付いたから、私は邪魔なんだと思った。離れた方がいいと思ったから、怒ったふりもして、嫌いになろうとしたの。好きなまま離れていくのは辛いから」


 あの時、碧は怒ってなどいなかった。

 色々と悩み、迷っていたのだろう。

 ……碧にそう思わせてしまったのは、結局のところ俺のせいだった。


「俺はさ、花音のことを恋愛対象だって見てないんだ」


「……あんなに可愛くて性格も良いのに?」


「それでも、だ。俺にとって花音は親友で、男女とかそういうのはなしで一緒にいたいんだよ。仮に花音が男だったとしても、俺は一緒にいるし、親友なことには変わりない」


 花音のことは好きで、確かに女の子としての魅力もある。

 ただ、恋人になりたいかと言われると微妙だ。


 気は合うため、付き合ったら楽しいかもしれないが、結局のところそれだけだ。

 心の底から恋愛対象として好きかと言われるとそういうわけじゃないし、どこかで違うと思ってしまうだろう。


「……俺が好きなのは碧なんだ。確かに四人でいることは楽しいけど、碧といる時間はまた別の楽しさがある。比べられないし、比べたくもない」


 友達と恋人、どちらが大切かなんて答えられない。

 そもそも答えなど出せない究極の選択だ。


「俺は碧のことが好きなんだ。花音じゃなくて、碧が好きだ」


 碧が言うように、碧といる時に四人でいる時のことを思い出してしまった。

 しかし、四人でいる時に碧のことも思い出していた。

 どちらも大切だからこそ、それぞれのことを考えていて、俺は欲張りにも全部を大切にしたいのだ。


「碧は嫌か?」


 多分、俺の勘違いでなければ返ってくる答えはわかっていた。

 確認をするため、問いかける。


 ――ここでフラれるくらいなら、碧は俺の手を握るなんて言う気持ちの迷いを見せなかっただろう。


「私は……好きだよ。だから、颯太くんといたいんだよっ」


「……うん。一緒にいよう」


「でも、でもでもでも! 颯太くんがそう思っていても、かのんちゃんがどう思っているかわからないし、気にしちゃうの! 颯太くんの周りには若葉ちゃんだっているし……若葉ちゃんは藤川くんと良い感じでも、二年生の双葉ちゃんだっている。私より良い子なんて、いっぱいいるんだよ!」


「それでも、俺は碧のことが好きなんだ」


 周りと比べて気にしてしまう。

 俺は関係が狭い分、周りとの関係が深い自覚はあった。

 そして碧は俺をよく見てくれているから、俺たちの関係のことで考えすぎてしまったのだ。


「そんなこと言ったら、俺以外にも良いやつだっている。それでも碧は俺のことを好きだって言ってくれるんだ。俺は誰がなんと言おうと、碧のことが好きだ」


「でも、わた……っ!?」


 言葉を続けようとする碧だが、それ以上言葉を発することはなかった。

 ……いや、発することができなかったといった方だ正しいだろう。

 物理的に塞いでしまったのだから。


「んっ……ぁっ、そ、颯太くん!?」


「なんだ?」


「えっ? 今のって……」


「……俺の気持ちだ」


 柄にもなく、恥ずかしいことをしてしまった自覚はある。

 ただ、俺の気持ちを伝えるにはこれが一番だと思ったのだ。


「碧、俺と付き合ってほしい。曖昧にしてたけど、この気持ちは本物だってわかったんだ」


「……もう、順番が逆だよ」


 拗ねたように唇を尖らせる。

 しかし、すぐに碧の顔は照れくさそうな、はにかむような笑顔に変わった。


「よろしくお願いしますっ!」

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