第2話 青木颯太の複雑な心境

「ねえ、颯太くん」


 碧と友達以上恋人未満の関係になって数日、花音はいぶかし気な目をしながら話しかけてきた。


「どうした?」


「……綾瀬さんと何かあった?」


 純粋な疑問というよりも、何かを疑っている様子だ。

 そうでもなければ、なんて言ってこないだろう。

 そもそも普段通りでいたが、少なくとも花音から見て俺の様子はおかしく見えたということだ。


「……告白された」


 誰かに告白をされたなんてことは、言いふらすものではない。

 しかし、この時ばかりはどうしても話さなくてはいけない気がしていた。


 そして俺の言葉に、花音は「へー……」と意味深な声を上げている。


「な、なんだよ」


「べっつにー? だから浮かれてるんだなーって思っただけ」


「そんなに浮かれてるように見えるか?」


「いつもならここで適当に流しそうだし」


 ……言われてみるとそうかもしれない。

 その時の気分にもよるが、反応してしまうあたり浮かれているというのは間違いなかった。


「……それで、付き合うことのなったの?」


「いや、付き合ってはないけど」


「そっか……」


 そう言う花音はわずかに顔を綻ばせたような気がした。


 まるで、安心したような表情だ。


「……花音って、もしかして俺のこと好きだったりする?」


「何言ってんの? そんなわけないじゃん」


 半笑いで苦笑い。

 そんな表情で言われるものだから、本心から出た言葉なのだろう。

 ……ただ、それが何気に一番心に来る返答だ。


「まあ、ちょっと嫉妬と安心はしたけど」


「どういうこと?」


「……だってさ、颯太くんを綾瀬さんに取られるんだって思ったらね? 前に颯太くんなら付き合うことも考えてみても良いって言ったけど、親友として信頼しているからで、別に恋愛感情はない。でも、私たちが異性な以上、二人が付き合うなら今までと同じ関係ではいられないと思うんだ」


 確かにそうかもしれない。

 今後、俺が碧と付き合うことになったら、花音と今までのように接することは碧に対して失礼だ。

 学校では変わらない関係でいられたとしても、二人で遊びに行く……なんてことはできなかった。


「でも、振ったならそれも関係ないか」


「……えっと、その」


「ん?」


 そうだ。

 付き合ってはないとは言ったが、これから付き合う前提でまずは仲を深めようとしているということは言っていない。

 花音は勘違いをしていた。……むしろ、俺が勘違いをさせてしまっていた。


「まだお互いに知らないことが多いから付き合ってないけど、付き合う前提で友達から始めることになったんだ」


 やや説明が複雑な状況ではあるが、まとめるとそういうことだ。

 花音は「ふむ……」と話を受け入れ、手を顎に当てて考えている。


「つまり、キープってことだね」


「違うわ!」


 やっぱり周りから見るとそう受け取られるのだろうか……。


「……そっか、じゃあ今はまだしも、いつかはこんな風に話せることもなくなっちゃうんだね」


「そう……かもしれないな」


 寂しくも、仕方がないのかもしれない。

 俺たちが異性で、お互いに恋愛感情がない以上、どちらかが恋人を作ればそうなってしまうのだから。




「……はぁ」


「どうしたの、颯太くん? ため息なんかついて」


 放課後、碧と一緒に帰っていると、不思議そうな目でこちらを見てくる。

 ……こんなにも可愛い子に告白をされて、更には人気者の花音と親友の関係を続けるなんて、贅沢すぎる悩みだ。

 これから関係を深めていこうという時に、そんな話をできるはずもなかった。


「いや、なんでも」


「そう?」


「それより、もう夏休みだけど、どこか遊びに行く?」


「そうだねっ! それなら、この前のプール行きたいなっ」


 プールか……。

 碧の水着姿を想像してしまうのは、思春期の高校生男子として当然のことだろう。


 しかし、一つだけ問題があることを思い出した。

 そのプールには、四人で行く約束をしているのだ。


 四人での関係と碧との関係……これからどのようにして折り合いをつけていけばいいのかわからない。

 俺にとっては、どちらも大切な関係なのだ。


「……もしかして、嫌だった?」


 どう返答しようか考えていると、不安そうに碧は尋ねてくる。


「いや、嫌ってわけじゃないんだけどさ……」


「うん」


「今度、虎徹と花音と若葉と行く約束してたなって思ってさ」


 すでに他の人と約束をしていたということに、嫌な気分になってしまわないだろうか。

 そう思っていたが、碧は不思議そうな顔をしている。


「うん。別で行けばいいんじゃない?」


「え?」


「それか、プールでも他のところあるから、同じところが微妙なら選択肢はあるわけだし……。せっかくの夏だから、プールは行きたいかなっ?」


 あっさりとした返答に、俺は呆気に取られてしまう。

 気を悪くすると思ったが、どうもそうではないらしい。


「えっと、同じところが嫌ってわけじゃないけど……」


「それなら行きたいなっ」


「……わかった」


 俺がどうとかではない。

 ただ、碧がどう思うのかということに不安を抱えていたが、碧は気にしていない。


 不安を抱えながらも、俺たちは二人でプールに行く約束をした。

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