第14話 藤川若葉は守られたい

 限界が来た私は、震える手で恐る恐る携帯を取り出す。

 ただ、それを許してくれるはずもない。


「やめろっ!」


 この人は私から携帯を奪おうと飛びかかって来た。


「きゃっ!」


 恐怖のあまり目をつむる。


 しかし、私の身には何も起こらない。

 もしかしたら昨日みたいに颯太が来てくれたのかもしれないなんて都合の良いことを想いながら恐る恐る目を開ける。

 この人は私……ではなく、私の後ろを見たまま固まっていた。

 状況を把握できない私は、不安が押し寄せたまま振り返った。


 そこには、いるはずがない人がいたのだから驚きだ。


「……虎徹?」


「悪い、待たせたな」


「なんで……?」


「心配だから、早退させてもらったんだ。何かあるなら今日だと思ったからな」


 ぶっきらぼうな口調ながらも、照れているのがわかる。

 仕事もあるから来てくれるはずがないと思っていたけど、虎徹がいた。

 安心してしまい、私の目から温かいものが流れ、そのまま足の力が抜ける。


「おっと。大丈夫か?」


「大丈夫……じゃない」


「掴まってろ」


 虎徹は手を腰に回して支えてくれる。

 私は肩に掴まり、虎徹の服をぎゅっと握りしめた。


「えっと……、あんた、何しようとしてんの?」


「何だよお前!」


「答えてくれないのに質問かよ……。俺はこの子の夫だ。それで、うちの妻に何をしようとしてんだ?」


「うっ、うるさい!」


「……はぁ、若葉の言うように話は通じないな」


 苦笑いをして顔をほころばせる虎徹を見ると落ち着く。

 こんな状況でも、私は安心しきってしまっていた。


「ふ、藤川さん。そんな危なそうなやつより、僕の方がいい男だよ? 絶対やばいって。目がまともじゃない」


「……まともじゃないのはあなたですよ。さっき、私に危害を加えようとしていましたよね? 好きって言うならそんなことしなくないじゃないですか?」


「うっ……」


 睨みつけるように……できるだけ気を張って私は言い返す。

 虎徹の悪口を言うなんて許さないから。


「絶対悪いことをしている顔だ! そんなやつのどこがいいんだよ!」


 ……多分この人は、虎徹をヤのつく人か何か勘違いしているのかもしれない。

 目つきだとか顔だとか、誰がどう思っていても私は虎徹のことが好きだ。

 ただ、この勘違いは、今の状況ではありがたい勘違いだった。


「……あなたは私のことを知らないと思います。私はあなたが思っているような人じゃないんです」


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」


 錯乱して頭を掻きむしる。

 あまりにも掻きすぎて、血が出るんじゃないかと思ってしまうくらいに。……まあ、知ったこっちゃないけども。


 そんな時、都合の良いこともあるものだ。

 この人は後ろから近づいてくる影に気が付いていない。


「……そこのあなた」


「何だよ!」


 この人はキレながら振り返る。

 すると、そこには警察官がいた。


「騒いでいるって通報があったんだけど……署まで同行してもらえるかな?」


「あっ、あっ……」


 変な声を上げて固まる。

 思考停止でもしていたのだろう。


 しかし、それから警察官がもう一度声をかけると、急に走り出した。


「あっ! ちょっと!」


 応援に駆け付けていた警察官もいたが、かいくぐるようにあの人は逃げていった。


「はぁ……、取り押さえられなくて申し訳ない」


「いえ……」


 危害を加える未遂だったということもあって、強引に取り押さえることはできなかったということらしい。


 そして私たちは事情聴取のために警察官に同行し、解放されたのはしばらく後のことだった。




「今日はありがとうね」


「いや、当たり前のことだ」


 ぶっきらぼうに言い放って顔を背ける虎徹だが、私は嬉しくてたまらない。

 警察も私の職場や家の近くはしばらくの間、見回りを強化してくれるということで、とりあえずのところ安心できるようになった。


「あの時、虎徹が来てくれなかったら、私大変なことになってたと思うからさ」


「……まあ、遅くなったけど、助けれたならよかった」


 そう照れながら笑う虎徹のことは可愛くて仕方がない。

 私は「とーう!」と腕に抱き着いた。


「……あのさぁ、私がいることわかってる?」


「わかってるけど、今更でしょ? ……花音ちゃんもありがとね」


「釈然としないなぁ」


 警察を呼んでくれたのは花音ちゃんだった。それもあって、今まで一緒に事情聴取を受けていたところだ。

 どうやら昨日の一件を颯太から聞いた花音ちゃんは、今日が休みということもあって私を心配してきてくれたらしい。

 虎徹と待ち合わせをして迎えに来ようとしていたみたいだけど、私がメッセージに気付いてすぐにあの人に声をかけられたため、迎えに来ようとしていることに気が付かないでいた。


「それよりさ、二人ともご飯まだでしょ?」


「うん、今から帰ってご飯作って……って、スーパー寄ってない!」


 買い物をする前に声をかけられたため、私はご飯の用意どころか、ご飯の材料すら用意できていなかった。


「しゃーない。今日は今から作れないだろ」


「でも……」


「ふふふ……、二人とも。そのための中町食堂だと思わないかい?」


 不敵な笑みを浮かべながら、花音ちゃんは営業トーク? をしてくる。

 確かにそれはそうだけど……。


「三人でご飯食べて、颯太くんに見せつけてやろう! 昨日、双葉ちゃんとイチャコラしながら店に来たのは許さないからね」


 怒っている……というよりもわかって冗談で言っているのだけども、花音ちゃんは悪い顔をしていた。

 最初から毒が強めだと思ってはいたけど、颯太が原因だったか……。

 要は嫉妬をしているから、やり返したいということらしい。


「よし! じゃあ今日は私が奢るよ! 二人には感謝してるし!」


「いや、俺は当然のことをしただけだし」


「私も、そんなつもりじゃなかったけど……」


「いいのいいの! お礼しないと気が済まないから!」


 そう言って私は二人を強引に店に連れて行き、颯太に見せつけてやった。

 また颯太にも、今度お礼しないといけないなと思いながらも、花音ちゃんに便乗していた。




 それから数週間が経ち、あの人は逮捕されたらしい。

 どうやら別の人にも同じようなことをしたらしく、その流れで捕まったとのことだ。

 ちなみにこの数週間で被害者は二人もいたようで、あの『好き』という言葉は大した重みのない軽いものだった。

 また、今までも何度も相談を受けていて、被害者は多いため、それ相応の罰が下されるとのことだ。


 これでようやく一安心できそうだ。

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