第13話 藤川若葉は叶わない
「藤川ちゃん、あの人今日は来てないみたいだね」
「あぁ……そうですね」
双葉ちゃんが付いていてくれたおかげで安心し、虎徹が颯太を呼んでくれたことで一時を脱することができた。
その翌日、あの人はジムに来ることはなかった。
同じく職場で働くトヨさんの言葉に苦笑いで返事をした私は、思い出したくもないため早々に話を切り上げた。
今日終われば明日は休みのため、颯太が撮ってくれた動画を持って警察に相談をしに行こうと思っている。
颯太が止めたこともあって、結果的に未遂に終わってしまったから、ちゃんと話を聞いてくれるのかもわからないけども……。
「お疲れ様でーす!」
「藤川ちゃん、お疲れ様!」
仕事が終わると、今日はスーパーで買い物をしてから帰る。
虎徹は仕事があって遅くなるし、私はご飯を作って待っているけど、待っている時間も寂しいながら少し楽しみだったりする。なんとなく、ご飯を作って待っているというのが、奥さんっぽいなって思ったりもするからだ。
明日はお互いに休みのため、少し豪勢なものにしてもいいかもしれない……なんて思いながらスーパーに向かう。
何のご飯がいいのか虎徹に連絡をしようと携帯を見ると、虎徹と花音ちゃんからメッセージが来ていた。
珍しいと思い開こうとする。
しかし、気を抜いてしまうことが間違いだった。
そのことに気が付くのは少し遅かったかもしれない。
「……藤川さぁん」
「えっ……?」
職場を出て少し歩いたところで声をかけられる。
反射的に後ろを振り向いた私は、吐き気が
「な、何で……」
「朝からずっと待ってたんだよ? 藤川さんの仕事が終わるのを。……仕事終わったならさ、僕とデートに出かけない?」
気持ち悪い。
もうどうしようもなくこの人のことが嫌いになっていた。
私はむやみに人を嫌ったりしない。
人のことを嫌いだと思ってしまったらそれ以上いいように見れないため、その人の良いところも何もかも知らないままになってしまう。
第一印象が悪かったとしても、よく話してみたら意外に気が合うなんてこともあるのだ。
花音ちゃんとも、学校生活で関わることはない人だと思っていたけど、話してみると仲良くなれた。今では一番信頼できる親友だ。
もっとも、花音ちゃんのことは嫌いだとか第一印象が悪かったわけじゃないけど、合わないと思った人でも気が合うことなんていくらでもあるのだ。
……それでも、この人だけは無理だ。
そう思ってしまうほど、私はこの人のことを心底嫌いになっていた。
「……デートはしません。昨日もお伝えしましたが私は結婚しているので、旦那以外の男性とは出かけられません」
「そんなこと言っても、昨日も他の男が一緒にいたじゃん? あいつはいいのに、僕はダメなの?」
「ダメです」
この人と颯太は違う。
颯太には花音ちゃんという彼女がいて、親友の花音ちゃんの彼氏で、虎徹の親友で、私にとっても親友だ。
男女という性別の違いはあっても、この人と颯太では根本的に違うのだ。
付き合いの長さも違えば、人間性も違う。
「彼とは昔からの付き合いで、信頼できる人です。旦那も知っている人ですし。でも、あなたとの関係はスタッフとお客様で、個人的な付き合いはないですし、今後も個人的にお付き合いをするつもりはありません、だから、お断りします」
私はハッキリと断った。
正直、寒気でどうしようもなくて、体が思うように動かない。
それほどまでに怖かった。
だからこそ、話すだけで納得してくれればと思い、必死に口を動かす。
……もちろん、そんなことで納得できるような人ではないのだけど。
「なんで……、なんでだよ! 僕はこんなにも君のことを好きなのに! なんで僕の気持ちをないがしろにするんだ!」
知るかと言ってやりたい。
逆上するのがわかって言わないけど、自分の気持ちを押し殺してまで、この人に優しくする理由はないのだ。
それに、この人に優しくしたとしても、虎徹が悲しむだけだ。
そんなことできるはずもなかった。
「お願いですから、やめてください。これ以上は警察を呼びますよ」
「なんで! なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……なんで!」
頭がおかしくなったように絶叫する。
周りには人もいるが、見て見ぬふりだ。こんなわけもわからない状況に首を突っ込みたくないのは、誰しも思うことだろう。
……でも、誰でもいいから助けてほしい。
「僕は君のためなら何でもするから! 一回でいいからデートしよう!」
本当に話が終わらないし進まない。
私のためって言うなら、もう関わらないでほしい。
そう願っていても、叶うはずはなかった。
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