第7話 かのんちゃんの悩みの種
「とりあえず一般企業に就職と大学院って選択肢はなしかなって考えてる」
「まあ、そうだろうな。今の本宮の状態でその選択肢なら、何のために大学に行ったんだって話だしな」
「藤川くんはゲーム会社……だっけ?」
「そうだ。たまたまだけど、いいところが見つかったからな。この辺でゲーム会社ってそうそうないから、倍率はクソ高かった」
大学に入ってからというものの、虎徹は独学でプログラミングの勉強をしていた。
強みを生かして就活で勝ち取ったというところだ。
「好きなことを仕事にかぁ……」
「本宮は教員になりたかったわけじゃないのか?」
「んー……、なりたかったのかな? 今では正直わかんない。ずっと目指してきたから、いまいちわからなくなったんだよね」
将来として漠然に考えていたが、現実味を帯びる直前になってみるとどこか悩みが生じている。
今まで考えてきたことも、『本当にそれでいいのか』という思考に陥っていた。
「花音って、高校の時も幸成さんが認めてくれそうな仕事をするって言ってなかったか?」
「そうだね。だからやりたいことって言うか、そう思いこもうとしているうちに勘違いしちゃったのかもしれないなぁ」
好きだとか嫌いだとかもそうだが、思い込みだけで本当に好きになった気分になってしまうことはある。
ふと冷めてしまった時、よく考えたらあんまり好きでもなかったことに気付かされるのだ。
それが花音にとっては就職のことで、教員になるか否かという問題だった。
進路を決めるまでは幸成さん……花音の父親も、花音に不自由な想いをさせたくないという気持ちで偏差値の高い学校や安定した仕事を求めていたが、向き合って話してみると意見は変わった。
……いや、どちらかと言えば、不安定で進む方向に迷っていた花音が自分の意志で決めようとしていたことに、幸成さんは安心をしたからとやかく言わなくなったのだ。
就職目前とはいえ、花音の口から『思いこもうとしている』『勘違いしちゃった』なんて言葉が出てきたのなら、それがもう答えと言えた。
「それ、答え決まってないか?」
「まあ、そうなんだけどね……」
俺も感じていたことを、虎徹が代弁する。
花音は苦い顔をしながら、考え込んでいた。
「何に悩んでるんだ?」
「今まで勉強してきたこととか、全部無駄になっちゃうなって思っちゃって、四年間勉強してきた大半が無駄になっちゃうんだよ?」
「あぁ……、なるほど……」
その言葉に俺も虎徹も黙り込んだ。
俺は中町食堂で働くつもりで経営の勉強をしており、虎徹もプログラミングの勉強をしていた。
虎徹が大学に進学したのは若葉と四年間を過ごすためと、大卒という学歴が欲しかったためで大学での勉強は役に立ったのかと言われると何とも言えない。
それでも目的ははっきりとしているため、大学での勉強が無駄になるという点に関して言えば俺たちにはわからないことなのだ。
「そんなの、気にしたら負けだよ!」
三人で話していたはずだった。
しかし、若葉は先ほどまで酔いつぶれていたとは思えないほど、すっきりとした目をして起き上がっていた。
「いつから聞いてたんだよ……」
「半分寝てたけど、一応全部聞いてたよ!」
「何だこの面白人間は」
「大学で勉強したことを就職に生かす人なんてほんの一握りだよ! 虎徹と颯太がその一握りなだけ」
虎徹のつまらないツッコミは華麗にスルーされる。
普段のふざけた様子はなく、若葉は真剣な目になっていた。
「確かにそうかもだけど……」
「私だって大学で虎徹と同じ工学部だったけど、就職はスポーツジムのトレーナーだよ?」
「若葉ちゃんの場合って、バレーしてたから方向的には間違ってないんじゃない?」
「それでも大学の勉強は関係なかったよ。花音ちゃんの言うようにバレーをしてたから関係あるかもしれないけど、それはバレーじゃなくてバスケだってテニスだってなんだってスポーツ関係になるんだよ」
やや強引なところもあるが、なんとなく言いたいことはわかる。
ずっとスポーツジムのトレーナーを志してバレーをしていたわけではなく、行き着いた先がそうだったというだけだ。
「もっと言えばバレーの選手になりたかったし、でもスポーツジムのトレーナーにも興味はあったから就職しようと思ったの。それに、大学の勉強に関係した企業とかも受けたけど、ピンとは来なかったんだ。……まあ、そもそも落ちたけどね」
若葉も若葉で悩むところはあったのだろう。
ただ、自分の中か、虎徹に相談でもして結論付けたということだった。
花音は消化しきれていないだけで、みんな悩んでいることはあるのだ。
「……花音ちゃんってさ、昔にならった三次関数とか、日本の歴史とかでもいいや……そういうことって就職で役に立つと思う?」
「一部の人くらいで、ほとんどの人は使わないよね」
「そう! でも完全に無駄かと言われるとそういうわけじゃないと思うんだ。数字とかは日常的に使うから慣れるためだって考えれば三次関数自体は使わなくても意味はあったし、歴史とかだって記憶を定着させるためのトレーニングって考えたら無駄じゃなかったと思う」
「……ちょっと待て、極論すぎないか?」
「そうだけど、そうじゃないよ! 小学校とか中学校とか無駄だっていう人もいるけど、それは人それぞれなんだよってこと! これから先では使わないことでも、他で活きるかもしれないんだよ! だから別にやらなくてもできる人がいることも否定しないし、そうやってトレーニングをしないと難しい人だっているの!」
「なんか脱線してない?」
「おっと、確かにそうかも」
話が広がりすぎて、少しずつずれ始めかけていた。
まだ大幅には逸れてはおらず、若葉は軌道修正をする。
「つまり、大学での勉強内容じゃなくて、
「大学で勉強したことが経験……か」
「研究テーマとか、一つの目標に向かって勉強するのって、それだけでもこれから活きると思わない?」
「確かにそうかも……!」
「うんうん! でしょ!?」
どうやら花音の悩みは解決したようだ。
俺も虎徹も、自分たちがいてもいなくても解決していた話だったこともあり、顔を見合わせると苦笑いする。
……ただ、もし少しでも力になれたのなら嬉しい。
「私、中町食堂でこれからも働きたい。バイトをしているのも楽しいし、お店も好き。……それに、颯太くんと一緒にいたい」
「お、見せつけてくれるね?」
若葉はそう言って俺の方に視線を向けてくる。虎徹もだ。
気恥ずかしくなり、気付かないフリをして目を逸らすが、あからさますぎただろうか。
「今まで勉強してきた集大成として……って言うか、もう申し込んじゃってるから教員免許の試験は受ける。でも、これからも颯太くんと働いていきたいな」
「……いいんじゃないか?」
「改めてだけど、これからもよろしくね?」
「ああ……よろしく」
友達と飲みに来た場というのに、どうしてこうなったのだろうか。
……ただ、嬉しくもあった。
「よし! 祝いのお酒を飲むぞ!」
「……ほどほどにしてくれ」
虎徹は頭を抱え、若葉は意気揚々と酒を注文していった。
……飲み会が終わる頃には酔いつぶれ、虎徹におぶられて帰ったことは言うまでもないことだ。
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