第6話 若葉ちゃんには不満がある!

「久しぶりー!」


 会った時は大体この声から始まる。

 元気な若葉の声を聞くと、少しだけ元気がもらえたような気がしている。

 高校生の頃はほぼ毎日聞いていた声のため気付かなかったが、たまに会うだけの今ではそうも思ってしまう心地のいい声だ。


「久しぶりって言っても、春には会っただろ?」


「逆に春しか会ってないんだよ?」


「若葉意外と会わんし、むしろ颯太と本宮とは会ってる方だ」


「それは虎徹がバイト以外は家でゲームか積んであるマンガとかラノベとか読んでるだけじゃん」


 だいたい季節が変わるごとに近況報告がてら会っているが、毎度毎度二人の夫婦漫才はレベルが上がっている気がする。

 というか、四人で会っていてもまずは二人の会話から始まるのだ。


「颯太はどうなんだ? 本宮以外と会ってる?」


「花音以外かぁ……、双葉は帰省してきた時にバイト先には顔を出してくれるかな? あとは綾瀬が花音と遊ぶ時にたまに会うくらい」


 高校時代は毎日のように顔を合わせていた人たちでも、大学に進学してしまえば関係も希薄になる。

 それでもなんだかんだでたまに会うこともあるため、貴重な人間関係とも言えるかもしれない。


 双葉はバイト先に来て、飲んで騒いでは帰っていくのだが、いつも一人だ。たまに凪沙は付き合わされるのだが、呆れて早々に帰っていくため、送って行くのは俺と花音の仕事となっている。

 美咲先輩とはあまり会っていないが、たまに近況報告はしている。すでに就職しており、市役所で働いていた。

 夏海ちゃんは凪沙と今でも仲が良い。大学は別だが連絡は取り合っていて遊ぶこともあるようで、たまに凪沙と話すときに話題が上がるくらいだ。ごく稀に連絡を取るか、街中で会った時に少し話す程度の関係に落ち着いた。

 綾瀬は花音と仲良くなっているため、たまに二人で出かけている。荷物持ちとして駆り出される時もあるが、俺の友達というよりも花音の友達と言った方がしっくりくるくらいだ。それでも関係は続いていると考えると、学生のひと時なんていう儚い関係ではなかった。


 大学でも仲良くなった人はいるが、俺の人生の中で一番濃かったのは高校での三年間で、高校時代に出来た関係よりは希薄になってしまっている。

 それはそれで、いいのかもしれないが。


「そっちはそっちで、相変わらず楽しそうだな」


「楽しい……まあ楽しいのは楽しいけど、結構大変だぞ?」


「と言うと?」


「若葉さ――」


「ちょーっと待った!」


 虎徹が話そうとしていたところに、若葉が横から入ってくる。

 どうも恥ずかしい話なのか、顔を真っ赤にしながら慌てていた。


「そんなことよりも、早く店に入らない!?」


「そうだな」


 駅前で合流してから、俺たちは立ち話をしていた。


 虎徹と若葉の二人は、完全に忙しくなる前にと、二年の冬頃から大学近くで同棲を始めており、今日は帰省がてら地元まで帰ってきたのだ。

 そのため駅前の居酒屋で飲みながら駄弁る予定となっており、せっかくだから店に入ってから話そうということになった。


 ……話を始めたのは若葉と虎徹なのだが。


「ちなみにさっきの話だけど、若葉は就活頑張ったご褒美とか言って最近酒癖が悪くなったから気をつけろって話だな」


「ちょっとなんで言うの!」


「ああ、想像つくな……」


「ちょっと颯太!?」


「わかるかも」


「花音ちゃんまで!?」


 愉快……なのか何なのか。

 俺たちは高校時代と変わらず、ふざけ合いながら目的の居酒屋に向かっていった。




「……最近虎徹が構ってくれない」


 居酒屋について軽く話しながら飲んでいたが、早々に若葉は出来上がっていた。

 目が座っていて、文句を垂れている。


 その言葉に誰も反応せずにスルーすると、若葉は憤慨した。


「ちょっと! 話聞いてる!?」


「聞いてるよー? 大変だね」


「大変なんだよ!」


 気を遣って花音が反応するが、小声で「めんど……」とつぶやいているのがはっきりと聞こえた。

 高校生の頃もたまにあったが、遠慮のなくなった花音は若葉に毒づくことが増えている。


「いちゃつきたいって思ってても、虎徹って全然構ってくれないんだよ! キスだってたまにするかどうかだし、虎徹の方から全然してくれない」


「そうだねー、大変だねー」


 完全なる棒読みだが、酔いが回っている若葉は気付くはずもない。

 そして話題の中心となる虎徹はと言うと、苦い顔をしていた。


「せっかく一緒に住んでるんだから、もっと色々したいの! あれとか! これとか!」


「若葉、ストップ」


「むー!」


 友達の……しかもどちらも知っているカップル事情のことを聞くのは生々しすぎる。

 配慮してくれたのか、虎徹は若葉を止めた。


 しかし、そんなことで止まるのは若葉でもない。


「二人はどうなの!?」


「えっ、私たち?」


「もう三年も住んでるんだから、色々と進んでるんでしょ!?」


 その言葉に反応をする者はいない。

 俺も花音も一瞬だけ目を合わせたが、花音は赤くして目を逸らす。

 それがまた可愛いのだが、顔が赤いのはきっと酔っているせいだ。……そう思っておこう。


「沈黙は肯定と見た!」


「いいからちょっと黙ろうか?」


 虎徹は今度は物理的に若葉を抑え込んだ。

 焼き鳥をチラつかせると、餌を求めていた動物のようにかぶりついてご満悦の様子だ。


「……実際、藤川くん的にはどうなの? 生々しいことはあんまり聞きたくないけど、やっぱり小さい頃から一緒にいすぎてあんまり意識しないの?」


「あー……、付き合った時に話したことがすべてだ。それ以上は何も言えない」


「なるほどね」


 その言葉だけで俺たちは理解する。


 なんだかんだ言って大学生になってからは進展するものとばかり思っていたが、虎徹は虎徹で一線を越えないように我慢しているということだ。

 キスですら躊躇していた虎徹は、若葉の強い希望によって応えた。

 ただ、それ以上の進展はこれからのことを考えて、まだできないといったところだ。


「あ、でも話したいこと……って言うか、報告が一つあるんだが」


「報告?」


 場もある意味盛り上がったところで、話したいと考えていたらしい。

 キョトンとする俺たちと、真剣な表情の虎徹。若葉は焦ったように「あっ! ちょっと!」と声を上げるが、虎徹は止まらなかった。


「俺ら、大学を卒業したら結婚することになったんだ」


「えっ、結婚!? おめでとう」


「おおう……、おめでとう」


 いつかはすると思っていたが、身近な同級生からの報告に、俺たちもそんな歳になったのだと感慨深くなる。

 まだ大学生でも、高卒で働いている人なんかは社会人四年目になるため、結婚をしてもおかしくない年齢なのは確かだ。

 現実味を帯びてきた年齢になったのだ。


「まったく、何で先に言うかな?」


 若葉は自分で報告したかったようで、ご立腹の様子だ。


「いや、若葉酔ってるし、このまま寝て報告できなくなったらまずいだろ? すでに寝そうだし」


「まだまだ大丈夫だよ!」


 本人も言っているが、元気に話している若葉からは寝そうだという様子は感じ取れない。


 ただ、フラグというものは存在するのだ。


 十分も経たないうちにうとうとし始めた若葉は、テーブルの上に突っ伏してそのまま動かなくなった。


「……まあ、こうなるよな」


「よくわかったな。やっぱり一緒にいるとわかるもんか?」


「なんて言うか……、いつもより無駄に元気になってたけど、最後の力を振り絞ってる感じなんだよな」


「無駄って……。全然わからなかったけどな」


 やはり二人の間でしかわからないこともあるようだ。

 ここまで僅かな変化というのは、いくら花音のことでも感じ取れない。俺もまだまだだ。


「……ところで若葉から本宮が相談したいことがあるって聞いたんだが、どうする? 若葉は寝たけど」


「んー……、どっちにしても若葉ちゃんはまともな答え返ってこなさそうだし、とりあえず今から話そうかな?」


 酔っているからなのか、今日は一段と毒が多めな気がする。

 ――まあ、同意見だけども。


「就職のことで悩んでて、どうしようかなって」


「あー……」


 就職というワードだけで察したようだ。

 花音に色々な選択肢があることは前々から話していた。

 それが現実味を帯びてきて、ついに来た話だということだ。


 そして、この話題は前に俺に相談しようか悩んでいて、せっかくだからこの場で話すといっていた話でもあった。

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