第4話 かのんちゃんは誘いたい!

「颯太くん、こっち手伝って」


「了解。……これ終わったら重いものは運ぶから、軽めの段ボールは任せていいか?」


「はーい!」


 夏休みに入り、俺たちは引っ越しをした。


 結局、家賃は十一万円と多少高いが、これから住み続けることを考え、設備面は妥協しない方向で進めた。

 その結果、俺が一番目をつけていた物件に決まったのだ。


 家具や家電も新しく揃え、新生活をスタートする準備をしていた。

 親に頼る結果となってしまったが、お互いの両親は「早めの結婚祝いだ」と快く援助してくれたため、頭が上がらない。


 配置はしていないが、昨日のうちにとりあえず運び込んだだけの段ボールをそれぞれの部屋に運び直す。


「カーペットとか小物類は昨日お父さんたちに運んでもらったし、机とかソファ設置してから一旦休憩にしよっか?」


「そうだな。昼時だしご飯も食べたいけど、どうする?」


「駅前行ったら色々あるし、そこでいいんじゃない? 食器とかも買いたいし、せっかくだからいろいろ揃えに行こうよ! 寝床はあるから、最悪自分の部屋は明日以降でもいいわけだし」


「確かに、ベッドは昨日のうちに運んであるからな」


「……つかぬことを聞くけど、3LDKにしたのって、一緒に寝たかったからとかそういう理由だったりする?」


「……なんのことかなぁ」


 自力でベッドを運べるわけもなく、昨日のうちに郵送で届けてもらっていた。

 ただ、ベッドは一人一つではない。

 ダブルベッドを買い、お互いの部屋とは別にある、もう一部屋を寝室にしたのだった。


 ――まさか、一緒に寝たいがために物置という口実で一部屋増やしたわけではない。断じてそういうわけではないのだ。


「あー、わかった。颯太くんはそんなに私と寝たいんだ」


「なんか言い方いやらしいぞ? ……彼女と同棲して、別で寝るなんて味気ないだろ」


 やましい気持ちは決してない……わけでもなかった。

 しかし、そんなことを言えるはずもないのだ。


「逆に花音は、せっかく同棲するのに別の部屋で寝てもいいのか?」


「……嫌だけど」


「じゃあ良くない?」


「……良くないもん」


 そう言って花音は手で口元を隠しながら、頬を赤く染めている。

 怒っている……というのもあるが、どちらかと言えば照れていた。

 睨むように目を細めているが、まったくと言っていいほど怖くはない。


 恥ずかしそうに……そしてもどかしそうにしていに表情に庇護欲ひごよくがかき立てられる。


「もう私たち、付き合って九ヶ月くらいだよね?」


「そうだな」


「二人きりになることも多いよね?」


「ほぼ毎日会ってるし、お互いの家……特に花音の家に行くことが多いしな。会ってないのって週一、二日くらい?」


「なんなら毎日会う週もあるじゃん」


「そりゃあ、大学もバイト先も一緒で、休日も遊びに出かけるし」


「……機会はあったのに、颯太くん何もしてこないよね?」


 付き合い始めて、かれこれ九ヶ月が経とうとしている。

 いい雰囲気になることもあった。


 ……しかし、俺たちはキス以上のことができていないのだ。


「……ヘタレ」


 ――心外だ。


 俺がどんな気持ちで今まで花音と一緒にいたのか知らないのだろう。

 花音が言うように俺がヘタレなことは否定しないが、俺たちの関係が進めないのは問題があるのだ。


「じゃあ、していいのか?」


「……いいけど」


「わかった」


 俺はそう言って花音の腕を引っ張ると、ちょうど胸の中に収まる。

 両腕で花音を包み込んでいた。


「あっ、えっ……」


「いいんだよな?」


「……うん」


 腕を離すと、名残惜しそうに「あっ……」と声が漏れる。

 宙に浮いていた手を握り締めると、リビングを出て寝室まで引っ張って行く。

 抵抗する気はないのか、ただ呆けているだけなのか、花音の手には力がなかった。


 そして寝室に入ると、雪崩れるようにしてベッドに押し倒す。


「……これでわかった?」


「な、何が?」


「俺が何もしなかった理由だよ」


 俺だって男だ。

 興味がないわけではなく、花音のことをどうにかしてしまいたいと思っている。


 しかし、こんな泣きそうな表情を見せられて、先に進むことができるはずもなかった。


「……嫌じゃないんだよ?」


「わかってる。花音が実はムッツリなの知ってるから」


「それはそれで問いただしたいところなんだけど……」


 冗談を混ぜると、少しだけ表情が柔らかくなる。


「本棚。右下。薄い本」


「なっ……!」


「思春期の男子高校生の反応なんだが?」


「……私だって興味あるもん」


 恥じらいながら目を背ける花音が理性を揺さぶってくる。

 ……本当にどうにかしてしまいたいほどに。


「俺も興味はあるし、それは否定しない。……でも、無理をしてまで関係を進めたいとも思わないし、それだけがすべてじゃないと思ってる」


「……そうだけどさ」


「俺たちは俺たちの歩幅で歩けばいいんだよ」


「初期装備のまま上級モンスターに挑むなら、チキンプレイでいいってこと?」


「その例えがよくわからんのだが」


 初期装備の経験がないまま上級モンスターに挑む同棲を始めたから、チキンプレイでいいゆっくりでもいい……ということを言いたいのだろうが、少し考えないとわからない。

 むしろ花音と一緒に時間を共にしているからわかるだけだ。


「とりあえずご飯食べに行こう」


「う、うん」


 起き上がって寝室から出ようと振り返る。

 その瞬間、頬に柔らかい感触が触れた。


「先には進めないけど……、いっぱいくっつきたいな!」


 照れて涙目でパニックになっていた花音はどこにいったのやら、普段の通りの悪い顔に戻っていた。


 俺はため息をつきながら冷静なように振舞うが、理性は崩壊寸前だ。

 これからの生活は楽しみだが、いつまで俺の精神が持つのかという不安にさいなまれていた。

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