第3話 かのんちゃんは決めれない!

「颯太くん、こことかどう?」


「いいな。……あー、でも物置部屋も欲しいし、それぞれ部屋は欲しいから、もう一部屋欲しくないか?」


「ここ、2LDKだよ? もう一部屋って言ったら3LDKだから、贅沢過ぎない?」


 同棲の許可をもらった翌日、花音も花音で幸成さんからすんなりと許可をもらえたため、時間が合うときは会ってネットで物件を探していた。

 夏休みの時間を使って引っ越しを済ませてしまおうと、夏休み明けには一緒に住めるように計画を立てていた。


「贅沢かもしれないけど、お互いの親から条件つけられただろ?」


「そうだけど……、良いのかなって」


「それは俺も思ってるけど、ここまで来たら素直に甘えるしかないよ」


「うーん……」


 俺たちは親から条件を出されていた……と言うよりも、幸成さんが花音のことを心配して色々と条件を出してきたのだ。

 ただ、その条件は俺たちにとって都合のいいものでもあった。


 まず一つ目。これはお互いの親が出した条件だが、家賃を半分ずつ出すということだ。

 そして二つ目として、家賃が高すぎるところはダメだが、目安としては俺たちが社会人になってやっていけるくらいの場所で、なおかつ将来的にも住んでいける場所にすることだった。

 家賃を抑えようと思えば、古めのワンルームなら三万どころか二万円台でも住んでいける。

 しかし、これからずっと住み続けるのは現実的でもなく、せっかく同棲を始めるのなら長く済めるところをと言われていた。

 社会人になれば二人の収入はだいたい三十万から四十万くらいだろう。それならば、八万から十万くらいの家賃が現実的と言えるだろう。

 花音が提示してきたのは2LDKではあるものの、部屋の大きさはやや手狭なこともあって六万台だった。


「あと、ここだと結局バイト先に行きづらくないか?」


「そう? 私としては近くなるからいいけど」


「それでもここだと……徒歩二十分くらいはかかるぞ」


 同棲の大きな目的は一緒に住んで将来的なことを考えていくということや、お互いに支え合っていくためだが、大学やバイト先に通いやすいようにするという目的もあった。

 俺の家から桐ヶ崎駅までは徒歩十五分程度で、バイト先までは十五分かからないくらいだ。駅に向かうまでの道から逸れたところにバイト先があるため、ほとんど距離は変わらない場所だ。


 そして、花音が提示したのは俺の家から見て駅を越えた先にあるため、駅までは徒歩十分強だが、バイト先までは二十分弱かかる場所だった。


「……まあ、そもそも大学が名古屋にあるのに、何で地元で探してるんだって話だけどな。バイト先が近いからいいけど」


「それはもう、うちのお父さんのせいだよ」


 大学生になって実家を出るなら、普通は大学近くに住むだろう。

 実家から通えないほど遠方の大学なら、多少離れていても交通の便がいい場所に住むことも考えられる。

 しかし、俺たちは徒歩数分程度の違いしかない場所に移り住もうとしていた。


 それは、バイト先に通いやすいからという理由もあるが、幸成さんから出された三つ目の条件だった。


「お父さん自身がちょっと離れたところに住んでるくせに、地元から離れるなってなんで言うのかな……」


「気軽に実家に帰りやすいようにとか、都合がいいからって言ってたな」


「……何で私は知らないのに颯太くんが知ってるのさ」


「前に幸成さんから『花音をよろしく』って電話が来たんだ」


「……まったく、もう」


 怒ったように頬を膨らませながらそっぽを向く。

 ただ、膨らませた頬は赤く染まっており、少しの怒りと恥ずかしさや照れ、素直になれない嬉しさが入り混じっているように見えていた。


「颯太くんはどういうところが良いってあるの?」


 以前そっぽを向いたままだが、花音はチラッと視線を向けて訊ねてくる。


「探し中だけど……、この辺とか?」


「おぉ……、でも、ちょっと高くない?」


「そこは問題だけどな」


 いくつか候補としてチョイスしたが、全部の条件が当てはまっているものはない。

 もしあれば、即決できるだろう。

 ただ、条件によっては妥協をしなければ決まらないままのため、一、二個程度条件が外れたものは候補に入れたのだ。

 条件というのもやや曖昧だが、オートロックは必須で、できれば二階以上。部屋の中も洗面所など水回りの刃口は水とお湯で分かれているものよりも一体になっている方がストレスはなく、お風呂も追い炊き機能がついている方がいいということは調べてわかっていた。


 家賃も極端に高くなければ十万を少し超えても候補としているのだが、その金額となると水回りやお風呂に関しては問題はない。オートロックが付いている分、高くなっているという理由もあるが、新築に拘らなければそこそこの家賃でいいところは見つかっていた。


「一番候補なのはここなんだよな」


 候補の中で一番希望に近い部屋を挙げると、花音は「おぉ……」と感嘆の声を漏らす。

 駅から徒歩十分もかからず、バイト先も五分程度で行ける。オートロックはついていて二階、水回りやお風呂の問題もなく、広々とした3LDKの部屋だ。


 一つ問題を挙げるとすれば……、


「家賃がちょっと高いんだよなぁ……」


 十一万円と、少し高めの家賃だ。

 大学生の家と考えれば贅沢かもしれないが、将来的に住んでいくことを考えるとむしろ一生住めるかもしれないと思えるほどだ。

 築年数も七年とそこまで古くはなく、条件としてはかなりの好条件だ。


「これは……応相談だね」


「そうだな」


 第一候補なことには変わりないが、即決できるわけでもない。

 自分たちが社会人になってから払っていくことを考えると、給料によっては少し厳しいところはあるかもしれなかった。


 しかし、やや不安が残る以外は好条件だ。

 俺たちは他にも候補を出しながら、これからの二人の生活を想像していた。

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