第2話 青木颯太は将来を見る

 ひとまず話を終えた。

 花音との同棲は魅力的だが、二人で話し合っていても結論は出ない。

 夕方まで雑談と勉強を繰り返し、ご飯時には帰宅した。


 ここ最近はそれぞれ予定があるため家族四人で揃うことは多くない。

 俺は大学やバイトや花音の家でご飯を食べることがあり、父さんと母さんは仕事、凪沙は部活だ。

 しかし今日は休日で、両親ともに仕事は休み。凪沙も今日は部活が休みだった。

 四人でご飯を食べ進める中、父さんが話を切り出した。


「最近、花音さんとはどうなんだ?」


「どうって……普通だけど。こういう話って親子ですることか?」


 百歩譲って凪沙は同じ高校で噂が広まっていたこともあり、話せないことはない。……そうでなくとも勝手に情報を仕入れているが。

 しかし、一度紹介をしているとはいえ、親に恋愛事情を話すのは恥ずかしかった。


「颯太に彼女ができたことなんて初めてだから知らないな」


「普通に恥ずかしいからやめてくれ……」


「でも、これから長い付き合いになっていくなら、避けては通れないことだろ?」


「そうだけど……」


 父さんの言うように、花音のことで報告しなくてはならないことはある。

 今はあまりなくても、これからの将来のことでは特に、だ。

 例えば結婚をすることになったということは、話さなくてはならない。

 そうでなくとも父さんも母さんも花音のことを気におり、俺たちの将来のことも気にしている。


 ……なんて気持ちもあるだろうが、少なくとも今は興味本位だろう。

 証拠に父さんの口の端は上がっており、面白がっている表情だ。


 ただ、これも良い機会かもしれない。

 軽い調子の父さんを見て、俺は今日二人で話していたことを、軽い調子で話してみた。


「俺も花音もだけど、大学はもちろん、バイトとか大学以外の勉強も忙しいかな。俺は家事はやらないからいいけど、花音は自分の身の回りのこともしないといけないから、特に忙しいみたい」


「あら? あんたも家事やってくれてもいいのよ?」


「二人とも遅いときはやってるだろ……。凪沙と交代だけど」


 仕事が忙しい両親に変わって、俺や凪沙が家事をすることはあった。

 凪沙が小さい頃は兄としてご飯を作ることも多かったため、得意なわけではないが実はそれなりにできるのだ。


「母さんのせいで話が逸れた。……まあ、お互いにこれからは忙しくなるかもしれないから、同棲できたらいいよねとか話したりしてるよ。現実的に難しいのはわかっているけど」


 平静を装いながら、俺は同棲の話を出した。

 内心は緊張しっぱなしで、少しだけ早口で誤魔化すように言っていた自覚はある。

 ただ、話題に出してみて二人の反応を窺いたい。


 そう思っていたが、何故か隣で味噌汁を飲んでいた凪沙がむせ返っていた。


「げほっげほっ! ……おにい! 同棲するの!?」


「いや、何聞いてたんだよ。できたらいいなって話が出ただけだよ。さっきも言ったけど、現実的に難しいのはわかってるし」


「あぁ……、あんなに小さかったおにいが手の届かないところにいってしまったよ……」


「何目線なんだ? 凪沙のが小さいだろ……」


 同棲という単語だけを抜き出してパニックを起こしているらしい。

 良くも悪くも変わらない凪沙に呆れながらも、微笑ましく思っている自分がいた。


「そうか、同棲か……」


 父さんも父さんで考え込んでいた。

 軽くは言っているが、本気で同棲をしたい気持ちもある。

 適当に流されると思っていたが、悩んでくれているようだ。


「まあ、いいんじゃない?」


「えっ?」


 慌てている凪沙や考えている父さんをよそに、母さんはいつもと変わらない軽い調子だった。

 そして父さんも「そうだな」と同調する。


「これからのことを本気で考えてるなら、一緒に住んでみてもいいと思うわよ?」


「いや、でも俺大学生だよ?」


「大学生だろうが何だろうが、目先のことだけじゃなくて将来のことを考えたらいけないなんてことはないんだから。それに、一緒に住んでみたら良いところも悪いところもわかるだろうし。……あっ、もちろん颯太が花音ちゃんに幻滅されないかどうかって話ね」


「それは言わなくてもわかってるから……」


 俺は花音の私生活をある程度把握している。

 朝のことは流石にわからないが、夕方から夜までは一緒にいるため、家事をしている花音の姿を見ていた。

 しかし、俺は花音の家ということもあって勝手にできるわけもなく、せいぜい飲み物を入れたり、洗い物を代わったりするくらいだ。


 ただ、花音と話していたもあるのだが、俺の考えていることは言う前に勘付かれていた。


「お金のことは心配しなくてもいいぞ。颯太は高校生の時からバイトをしていて、お小遣いも渡してなかったからな」


 凪沙は部活をしていることもあってお小遣いをもらっているが、俺は部活をせずにバイトをしていたため、バイトを始めてからは一切もらっていない。


「でも、お小遣いも五千円くらいだし、同棲ってなると金額も大きいんじゃ……」


「確かにそうかもしれないが、自分で働いて稼いでいることで学べることもあっただろ? もちろん凪沙が部活をすることで学べることもあるから、どっちが良くてどっちが悪いなんてこともない。全部が全部思った通りにさせるわけじゃないけど、本気で考えていることなら応援したいんだ」


「父さん……」


「ただし、適当なことをするのは許さない。本気で花音さんとの将来を考えているのなら応援させてくれ。まだ大学生だから焦ることはないが、これも一つの経験なんだ」


 本気かどうかなんて決まっている。

 同棲の話を始めたこと自体は雑談や希望の延長でもあったが、高校生の時点で同棲をして支え合い、一緒にいたい気持ちはあったのだ。


 学生の恋愛は上手くいかないと言われていて、特に初恋が上手くいく可能性は低い。

 それでも花音と将来的に一緒にいたい気持ちは、誰になんと言われようと変わらない。


 ただの思い出にしたくないのだ。


「……俺は花音と一緒にいたい。これからのことを考えたい。そう思ってる」


「そうか。それなら応援しよう」


「そうね」


「えっ? えっ?」


 ただ一人、凪沙だけはパニックのままだが、父さんも母さんもいつもよりも真剣な目で俺のことを見ていた。

 その目にこもった気持ちに応えられるように、俺ももう少し大人にならなければいけない。


「そうなれば、花音さんの親御さんにも確認をしないといけないな」


「ああ……、また花音に聞いてみる」


「そうだな。……ところで、花音さんの親御さんとは会ったことはあるのか?」


「あるよ。俺たちのことを応援してくれるし、……何ならたまに連絡を取ってる」


 一見怖そうな幸成さんだが、話してみると案外面白い人だ。

 本人は無自覚かもしれないが、ところどころ抜けたところがあり、花音と似ている……というよりも花音は幸成さんに似ているのだ。

 親近感が湧くような初対面で介抱したという面白エピソードもあるが、それは黙っておこう。


 こうして終始パニックだった凪沙以外で話はまとまり、すんなりと同棲の許可をもらえた。

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