番外編 大学生編
第1話 かのんちゃんは住みたい!
大学生になって四ヶ月。
俺たち……いや、花音は多忙を極めていた。
「何でこんなにきついの……?」
「お疲れ様」
七月に入って暑くなり始め、考えることでも頭が熱くなる。
クールダウンさせるために冷蔵庫から出したばかりの麦茶のペットボトルを手渡す。
「ありがとう。……まあ、ある意味自業自得なんだけどね」
「反応に困るなぁ」
俺たちは二人とも忙しいが、特に忙しいのは花音だった。
大学生で理系は忙しいと言われているが、一年生の時点では教養科目や基礎科目が中心のため、文系とさして変わらない。
ただ、忙しいことには別の理由がある。
花音は中町食堂でバイトを始めたため、バイトに行くも時間がかかる。
交通手段は電車で最寄りの柳駅から桐ヶ崎駅まで移動するか、家から自転車で向かうかのどちらかだ。
花音の家から柳駅までも、桐ヶ崎駅から中町食堂までも徒歩数分と言ったところだが、乗り遅れないために早く行動することと乗車時間を考えると、自転車の方が早かったりする。
かと言って、自転車も十五分から二十分ほどは漕ぐため、暑い夏では体力が削られる。
これは二人ともしていることだが、加えて経営についての自主学習している。
大学の講義だけがすべてではないため、別の角度から勉強をして知識を深めたかったのだ。
大学での講義や生活、バイト、自主学習、……そして花音は一人で家事をこなしていることもあって、疲弊しきっているのだ。
「俺もできることなら何かしたいけどなぁ……」
「わざわざうちに来てくれて、ご飯作ってくれることもあるじゃん? めちゃくちゃ助かってるよ」
「そう言ってくれるならよかった」
お互いに忙しいが、花音の方が忙しいのはわかっている。
できることならもっと近くで支えたい。……支え合いたい。
「助けてもらうとかじゃなくても、颯太くんと一緒にいたいから泊まってってほしいくらいだよ」
「んー……」
「嫌?」
「嫌ってわけじゃなくて、むしろ一緒にいたいから泊まりたいんだけど、ここは花音の家だから」
俺が花音の家に寝泊まりすることはまだ一度もなかった。
もう大学生のため、恋人同士がお泊りをしても何らおかしいことではない。ただ、一度泊まってしまえばずるずると居着いてしまいそうな気がしていた。
それに、この家は花音の父親……幸成さんがお金を出して花音が住んでいるのだ。
ずるずると居着いてしまって結果的に一緒に生活をするというのはおかしな話で、今までは線引きのために泊まらないでいた。
どうすればいいだろうかと悩んでいると、花音は何かを思いついたように「あっ!」と口を開けた。
「どうした?」
「いや、前に色々話してたことあったなって思ってさ」
「前?」
ピンとくる話はない。
何のことだったかを考えが思い当たらない。
「颯太くん……今いくらくらい持ってる?」
「え? 財布には一万……もないな。昨日新刊買ってから降ろしてないし、三千円くらい?」
「いや、そうじゃなくって……貯金の方」
いきなりのことに、一瞬理解が追いつかなかった。
しかし、花音の真っすぐな目を見ていると、徐々に考えていることが伝わってくる。
「……そういうことか」
「そうそう。そういうこと」
どうやら、当たっていたようだ。
言葉を多く交わさなくても伝わっている。
こういう意思疎通がたまにできるため、俺たちは気が合うのだろう。
そして花音は確認をするように、曖昧なやり取りの核心を言葉に出した。
「二人ともお金があるなら、一緒に住めるんじゃないかなって思ってる」
――どうやら考えは合っていたようだ。
以前にもいつかは同棲をしたいということを話していた。
現状で悩んでいたのは、花音の家に入り浸ってしまうことのため、その問題も解決する。
しかし……、
「二人の家になれば一緒に入れるけど……、問題が多いんだよな」
「確かに学費とかも親に頼っているわけだし、どうしてもハードルは高いよね。……だからこその私たちのお金だよ」
「自分たちで払えば問題ないってことか?」
「問題ないって言うと語弊があるけど、説得はしやすいんじゃないかって思ってる」
俺は実家暮らしのため家賃はかからない。……花音もある意味では実家に住んでいると言えるが、例外中の例外だ。
私立ということもあって学費は高く、同級生は学費の安い国公立なら一人暮らしを許可されて、私立は実家から通える範囲という人も珍しくはない。
一人暮らしや同棲となると家賃もかかってくるため、気軽に頼めることではないのだ。
しかし、家賃や生活費を自分たちで払うと言えば、親からすると多少なりとも負担は減るということで、花音の言うように説得はしやすいだろう。
もちろん簡単な話ではない。
自分たちで生活費が捻出できるのかと言う不安もあるし、そもそも実家にいたままバイト代を家に入れる方が喜ばれるはずだ。
結局のところ、学費を親に払ってもらっていることには変わりないのだから。
穴だらけの提案ではあるが、すべてを親に頼らないだけ可能性はゼロではない……というのが花音の主張だ。
「いや、でもな……」
やっぱり気にはしてしまう。
親に頼っているからこそ、今も普通に生活できているのだ。
一緒にいて支え合いたい。
しかし、俺たちはまだ親に頼らないと生きてはいけない子供なのだ。
そんな理由で同棲が許されるのだろうか。
許されたとしても、どこか心にモヤモヤが残りそうな気もしていた。
「バイトが週に十時間から十五時間くらいで、月だと四十時間から六十時間だから……月に四万円から六万円か。二人で十万だとしても、きつくないか? 家賃とか知らないけど、ほとんどなくなるんじゃないか?」
「二人だからある程度広いところがいいから家賃は七万円で計算して、生活費は食費と日用品で四万円かかるかどうかかな? バイトをもうちょっと頑張ればワンチャン?」
「ワンチャンすぎるだろ……」
頑張って七万円ずつ稼いだとして、二人で十四万円になる。
俺はかれこれ三年働いているため、時給は少しばかり上がっており、花音と同じ時間でも一割程度多くなる。
ただ、少なめに見積もっておいた方がいいだろう。
バイトに入れるときはもっと稼げるが、父親の扶養から外れないためにも、ある程度は抑えないといけない。
生活費も単純に二倍ではないため、家賃が七万円に食費と日用品で七万と考えるとギリギリだ。
その上、光熱費もかかってくる。
仮に何とか生活できたとしても娯楽に使えるお金はなく、かなり貧しい生活になるだろう。
「やっぱり無理かな……?」
小動物のような表情で寂しそうに俯く花音に、つい『一緒に住もう』と言いたくもなってしまうが、現実的に難しいのだ。
「……とりあえず応相談じゃない? 俺たちが決めれることじゃないし。まずは話してみないと」
「そうだよね……」
現時点で金銭面の問題は抱えているが、俺たちはまだわからないことだらけだ。
親に相談してみれば、節約の方法なども教えてもらえるかもしれない。
「まあ、いつかは一緒にいられるから、これからゆっくりと考えていけばいいさ」
「……うん!」
付き合って、結婚して……いつかは一緒に住むことになるだろう。
そのことを考えてみると楽しみで仕方ない。
ただ、高校生の頃は想像もしていなかったが、一緒に住むということも絶対に出来ないことではない。
思っていたよりも、その
まだ早いのかもしれないが、今のうちから将来のことを考えていった方がいいのだと、この時俺は考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます