第199話 青木颯太の帰る場所

「先輩! 聞いてくださいよ」


「はいはい、あとでな」


「第3クォーターの終盤のシュートの感触が完璧だったんですよ! 見てください、これ!」


 双葉はカウンター席で程よく酔っており、顔を赤らめながら携帯の画面を見せてくる。

 しかしそこに表示されているのは可愛い猫の画像で、何を見ればいいのかわからなかった。

 今までのフリで猫の画像を見せたいわけでもないだろう。


「……可愛い猫だな」


「何言ってるんですか? 可愛い子猫ちゃんとか、口説いてるんですか?」


「言ってねぇし、うぜぇ……」


 飲んだ時の双葉は絡んでくる。

 普段は相変わらずちょっと憎たらしいくらいのいい子だが、酔った時は憎たらしさが全開だった。


 そんなやり取りをしていると、店の入り口が開く。


「いらっしゃいませー……って虎徹か」


「おう。飯食いに来たぞ」


「私もいるよ!」


 虎徹と双葉は一緒に店内に入ってくる。

 双葉が寄っているところを見た瞬間、嫌そうな顔をした虎徹だが、若葉は「双葉ちゃーん!」と言いながら隣に座ったため、逃げられずに諦めてカウンター席に座っていた。




 大学を卒業し、二年が経った。時が経つのも早いもので、今ではもう二十四歳だ。

 大学卒業後はバイト先だった中町食堂で正社員として働いている。

 今まで正社員はいなかったが、今後のことを考えて新たな試みだと店長は言っていた。


 そして双葉はと言うと、高校三年生時はインターハイとウインターカップ……夏と冬の全国大会に出場した。活躍はしたものの、優勝はできなかった。

 しかし高校卒業後に有名企業に就職し、女子バスケ界のトップチームでバスケを続けながら、日本代表に選ばれるまで成長していた。

 今では地元から離れてしまっているが、時折こうして店に来ては酒を飲みつつ絡んでくる。


 虎徹はゲーム会社に就職し、若葉はスポーツジムのインストラクターをしている。

 そんな二人は大学卒業と同時に結婚し、今でも気が向いた時にうちの店にやってきてはご飯を食べていくのだ。


「何だろ……、変わったような変わってないような?」


「何が?」


「高校生の頃もこんな感じだったなって思ってさ。……双葉みたいに酒は飲んでないけど」


「何ですかー! 文句でもあるんですかー? 私は客だぞー!」


「はいはい。太客様は今日もお金を落としていってください」


「どんどん料理持ってこーい!」


 店に来るといつもこんな感じだが、本気で言っていないため俺は苦笑いをするだけだ。

 ……いや、もしかしたら酒に酔っているため、そのせいかもしれない。


 双葉の追加注文と虎徹と若葉の注文を聞き、厨房に伝える。

 誰のせいとは言わないが、大量の注文によって厨房は嬉しくも苦笑いして、慌ただしくしていた。


「颯太ー。友達来たんだったら今日はおう上がっていいよー」


「そんな。まだ全然時間ありますよね?」


「でも夕方までだし、言ってもそんなに長くないからなー。忙しくもないし、大丈夫大丈夫」


 楽観的な店長に甘えながらも、俺は礼を言って休憩室に入る。

 制服を脱いで荷物を持つと、みんなが待つカウンターに向かう。


「もう! どこ行ってたんですか!」


「上がっていいって言われたから、後片付けだよ。……って、どんだけ食ってるんだ」


「えっへん」


 俺が取った注文の品はすでに何品か届いており、そのほとんどを双葉は平らげていた。

 虎徹と若葉はゆっくりと食べており、まだ箸をつけ始めたばかりと言ったところだ。


「先輩も何か頼みます? 奢りますよ!」


「大丈夫。飯はあるから、ここでは食べていかないよ。」


「そうですか。じゃあ、飲み物とかはどうですか? 一緒に一杯飲みましょう!」


「こんな時間から飲むわけないだろ。……双葉は飲んでるけど」


 高校生の頃も可愛かった双葉は、成長して綺麗になっている。

 女子バスケ界でも美人と言われていて一種のアイドル的な存在にもなっているのだが、まさかこんな夕方から飲みまくっているなんていうのは地元の人しか知らないだろう。


 ただまあ、ソフトドリンクで付き合っておこうか。


「まったく、双葉は……」


「何ですかー」


「悪い意味で変わらないな」


「失礼ですね!」


 こんなやり取りをできることも、実は楽しかったりもする。

 どうも俺も俺で、高校の頃から大して変わっていないようだ。




「颯太。色々お疲れ」


「……まあ、疲れたな」


 双葉は飲んで絡んで、自由だった。

 虎徹と若葉が食事を終えて話をしていると、双葉はそのまま寝てしまった。

 今は何とか叩き起こして会計だけさせた。

 ただ、酔いながらも会計を譲らず奢ってもらったため、頭は上がらなかった。


 そんな双葉は虎徹が支えながら千鳥足で歩いている。

 俺が支えても良かったが、荷物が多いため虎徹に託していた。


「仕事の方もどうだ?」


「そうだなぁ……。まだまだ勉強中ってところだな。経営のことが一番だけど、今だけじゃなくてこれからのことも見通さないといけないからな」


 俺は店長の元で働いている。……ただ、正社員というのも実際は副店長としてだ。

 これからまだ先にはなるが、俺は店長の後を継いで店を経営していくことは決まった。

 しかし、経営をしていくにしても、俺はまだまだ一人ではやっていけないのだ。


「二人の方はどうなんだ?」


「ああ、俺は新規でゲームのプロジェクトに参加させてもらうことになったよ。割と順調。若葉は――」


「今は休職中なんだ!」


「休職……? それまた何で?」


「……本当はまた今度集まった時に改めて言おうと思ってたんだけどね、半年後くらいに生まれるんだ」


「生まれるって……」


 それを聞いて、俺は何点か疑問に思っていたことに合点がいった。

 双葉がお酒を勧めた時に飲まなかったこと。

 何故双葉を支えているのが虎徹なのかということ。


 それは……、


「子供出来たんだ。だからまた、改めて報告はするよ」


「お、おぉ……。おめでとう」


 身近な人のそう言った話を聞くのは、これが初めてだった。

 素直に嬉しく、おめでたい話ではあるが、突然のことに言葉を失う。

 語彙力の低いお祝しかできなかった。


「……っと、着いたな」


 双葉を実家まで送って行き、親御さんに預けてから俺たちは来た道を戻る。

 二人は実家の近くに家を建てたようで、今ではそこで暮らしていた。

 そのためすぐに俺たちは別れると、俺は来た道を戻っていた。


 双葉を送るために俺も話ついでに一緒に歩いていたが、反対方向に住んでいるのだ。

 店の近くを通り、桐ヶ崎駅のある方向まで歩いていく。

 ただ、駅までは行かず、駅まで徒歩五分もかからない好条件の場所だった。


「ただいまー」


 家に帰り、靴を脱ぐ。

 いつもとはやや違う。

 遅れるようにしてドタドタと足音が聞こえ、ようやくいつも通りとなった。


「おかえりなさい。お疲れ様!」


 今も変わらず、俺と花音は付き合っている。

 こうして出迎えてくれる花音の顔を見て、俺はいつも癒されているのだ。

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