第198話 かのんちゃんは変わりたい!

「はあ、緊張するなぁ……」


「そんなに緊張するか?」


「だって、友達百人できるかなだよ? 置いてかれたらずっとボッチだよ?」


「別に俺はいいけどなぁ……」


「颯太くんが良くても、私は嫌なの!」


 ……俺には花音がいて、花音には俺がいる。

 その言葉は気恥ずかしくて飲み込んだ。




 入学式。

 新たな門出だ。


 俺と花音は城明大学に入学し、新たなスタートを切った。

 お互いに学部は違うものの、履修する教科はほとんど同じだ。

 できるだけ長くの時間を過ごしたいことや、目的の講義以外は卒業紗枝できれば何でもいいと考えているため、被るように講義を取っていた。


 大学のことはよくわからないため言われるがままありがたいお言葉を聞いたり、言われたように手続きをしたりと、流れに沿って何とかやり切った。


 新たなスタートをすることには不安もある。

 しかし、一歩踏み出さなければ何も始まらないのだ。


 夕方になる頃には入学式が終わる。俺たちは電車に乗って地元に戻ってきた。

 二時間はかからないが、一時間以上はかかる長い道のり。これから毎日……ではないとはいえ、四年間通うことになるのだ。

 新鮮な通学路もこれからは当たり前の毎日になっていくのだろう。


 電車を降りた俺たちは適当に会話をしながら、夕食のために店に入る。


「いらっしゃい! ……って、颯太かー」


「俺で悪かったですね。でも、今日は客としてきましたよ」


「そうかそうかー」


 早苗さん……店長はにこやかに笑っている。

 仕事中は決まっていてカッコいいところがあるが、気を抜くと柔らかい表情に切り替わる。


「それで……、その子が噂の?」


「は、初めまして。本宮花音です」


「ちゃんと話すのは初めてだけど、前も来てくれたよね?」


「そう……ですね。覚えていてくださったんですか?」


「颯太と良い感じの子って思ってたからね」


 花音は以前、双葉や凪沙と一緒に来たことがある。

 そこでは店長と会ってはおらず、遠くからお互いに認識しているだけという状況だった。


「まあ、立ち話もなんだから席に座ってー」


 止めてきたのは店長だが、言葉は飲み込んでおく。

 言ってしまえば、あとで面倒なことになるのは目に見えているからだ。


 俺たちは席に座るとメニュー表を見る。

 働いている以上はメニューを把握しているが、花音が慌てないようにするための時間でもあった。

 そして注文を済ませ、俺たちは注文したご飯が届くまで話しながら時間を潰していた。


「改めて思うけど、良い雰囲気の店だよね」


「まあな。俺もそういうところが好きなんだよ」


 うるさすぎず、良い賑わいだ。活気に溢れているが、派手すぎない落ち着ける雰囲気もある。

 実家のような安心感があると言うのか、良い付き合いができている親戚同士の集まりという表現が一番近いかもしれない。

 気を遣わずに楽しみながら、落ち着ける場所。

 店長と旦那さんが目指していた雰囲気らしく、それは働いている俺からしても、周りから見ている花音からしても体現されていた。


「こういうところで働くのもいいなって思ってる。私、大学生になったからバイト変えようかなって思ってるんだ」


「続いてたのに、辞めるんだ?」


「うん。いい機会だから他のバイトも経験してみたいなって思ってさ。まだちゃんと辞めるって決めたわけじゃないけど、一応辞めるかもってことは話してるんだ」


 初耳だ。

 ……と思ったが、受験期間の間にバイトを変えるかどうかという話を軽くした気もする。

 すぐに忘れてしまうくらい軽い感じで話したため、すっかりと頭の中から抜け落ちていた。


「それならうちで働くー?」


 俺たちの話に加わってきたのは店長だ。

 両手には俺たちが注文したものを持っており、運んできた途中だというところだろう。


「いいんですか?」


「この時期だから、大学生のバイトの子も辞めちゃったし、主婦とかフリーターの子も事情があって辞める予定だからバイトを募集しようと思ってたんだよね」


 主婦の人は旦那さんの転勤が急に決まったとかで、ゴールデンウィークを目安にすでに引っ越し先で住んでいる旦那さんのところに行くらしい。

 フリーターの人はそろそろ就職に本腰を入れるとのことだ。

 二人とも四月中には辞めるということを聞いていた。


「まあ、彼氏と一緒のバイト先っていうのは悩むところもあるよね。すぐ決めなくてもいいから……四月までなら全然待つから」


「あ、ありがとうございます……」


「それじゃあ、ごゆっくり」


 店長はそう言って注文したものを置き、厨房の奥へと引っ込んでいった。


 花音が即答しなかった理由は、いくつか心当たりがあった。


「大学生になって、どれだけ時間があるかどうか……あとはここで働くにしても、どうやって通うかって感じかな?」


「……颯太くんエスパー?」


「俺が花音ならそう考えるからね」


 今日に関しては一緒に時間を合わせて大学に行くため、花音は俺の家まで来てから駅に向かった。

 しかし、花音の家の最寄り駅はまた違う。

 普段使っている桐ヶ崎駅ではなく、反対方向の柳駅だ。

 大学のある名古屋方面に向かうためには結局桐ヶ崎駅を経由していくのだが、普段学校に行くことを考えると片道三、四十分も歩いて桐ヶ崎駅に行くのは現実的ではなかった。


 ただ、花音はその問題も考えていた。


「自転車で行けばいいかなって思ってたりはするんだ。色々微妙だけど」


 自転車に乗る女子大学生はあまり多くない印象がある。

 俺自身は構わないと思うが、花音は複雑な表情だ。


 考えてみればわかるが、おしゃれに気を遣って短いスカートでも履けば色々と際どかったりもする。


「でも、颯太くんと一緒に働くのは楽しそうだから、考えてみようかな」


「そうだな」


 大学生になり、学校生活だけでなく他にも色々と変化がある。

 そのため、俺たちも一緒に変わっていかなければならない。

 俺たちは、時間を重ねていくのだから。


 こうして、俺たちの大学生活は幕を開けた。

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