第196話 かのんちゃんは巡りたい!
それぞれが勝手な行動をしたものの、卒業旅行二日目はなんだかんだで楽しい一日となった。
四人で集合してからアニメショップに寄り、虎徹と花音が若葉に大量のマンガをおすすめすることで騒々しくもあったが、若葉も最初の目的であるオタクの聖地をめぐることができて満足なようだ。
ちなみに二人はかなりの量をおすすめしたため買えるわけもなく、結局は俺たちがそれぞれ貸してから気に入ったものを集めるということで決着が着いた。
……俺たち三人の方が若葉よりも楽しんでいたかもしれない。
そして、卒業旅行三日目……、
「今日は楽しもうね?」
「あ、ああ……」
俺と花音は二人で観光することとなった。
これは元々予定されていたことで、四人で行く旅行とはいえ、恋人同士で楽しみたいという気持ちもあり、一番時間の短い最終日である三日目に別行動をすることになっていたのだ。
俺たちは電車に揺られ、目的地に向かっていた。
「あんまり時間もないから、これくらいがちょうどいいかな?」
「色々回るよりはゆっくりできるしな」
俺たちが向かっている先は浅草だ。
去年の冬に凪沙と二人で来た場所だが、街並みを見ながら寺に行き、ゆったりするのもいいのではないかという花音からの提案だった。
虎徹と若葉は動物園に行くとのことだったが、慌ただしい一日になりそうだ。
「案内よろしくね?」
「案内って言ってもそんなに詳しくもないけど……、まあ頑張る」
変に期待をされるのは困ってもしまうが、花音から向けられる期待の視線は嬉しくもあった。
浅草に到着すると、まず向かうのは雷門だ。
当然と言ってもいい、観光の名所だ。
人力車が走っており、古き良き街並みといった風景に、心なしか外国人も多い気がする。
「あそこ見て見たい! 前に颯太くんがお土産で買ってきてくれたハンドクリームの店!」
「ああ、あそこか」
俺は東京土産として、誕生日によってデザインの違うハンドクリームをプレゼントしたことがあった。
一応は化粧品の店だったと思うが、ハンドクリームの印象が強い店だ。
凪沙も自分用に買っていたが、どうも気に入ったらしい。もし寄るなら買ってきてほしいと頼まれたいたところだ。
「ちょっと道は外れるけどな……、こっちだな」
間違えないように地図を見ながら歩いていく。
数本道を外れるくらいで、辺りはまだまだ活気で溢れている。
「……ここだな」
「おぉ……」
店自体はあまり大きくもないが、街並みに合った和のテイストの店となっている。
店に入ってすぐの壁にはすべてのデザインのハンドクリームが飾られており、ある意味絶景とも言えるだろう。
「色々あるんだねー! 何か買おうかなぁ……」
そう言いながらも、花音も俺がプレゼントしていた抹茶の香りがするハンドクリームは手に取っており、既に買うことは決まっているようだ。余程気に入っているのだろうか。
目を輝かせている花音を横目に、凪沙に頼まれていたハンドクリームを手に取る。
「へー。リップもあるんだ」
「ああ、前にお土産として買った時も悩んだけど、ハンドクリームが無難かなって」
「確かにリップは悩むね。私の場合、荒れてる時は薬用使うし、普段は色付きだからね」
その言葉に、俺の視線は花音の唇に吸い寄せられていた。
艶やかに煌めく唇は柔らかそうで、ふとキスをした時のことを思い出してしまう。
学校でも色付きのリップをつけており、微妙に色の違うリップを気分で使い分けているようで、食事の後などは色が落ちているようで塗り直しているところを見かける。
それ以外にも色々と種類はあるようだが、俺は違いなんてほとんど知らない。
「あっ! ちなみに今つけてるのはクリスマスにもらったやつだよ」
俺はクリスマスにティントのリップをプレゼントしていた。
自分の選んだものが花音の唇についている。
……そんなことを考えてしまい、俺は顔が熱くなるのを感じた。
「あー……」
「何だよ」
意味深な笑みを浮かべる花音に、俺は気恥ずかしくなって目を逸らした。
しかし花音を許してくれず、追いかけるように俺の顔を覗き込んでくる。
そして耳元で囁いた。
「……いつでも好きにしてくれていいんだよ?」
さらに顔が熱くなる。
……いや、顔だけでなく体中が熱くなっていた。
そんな気恥ずかしさを隠すように憎まれ口を叩く。
「……店内で発情すんな」
「発情って、そういうことじゃないんだけどなぁ。軽いスキンシップだよ。……颯太くん限定の」
どうも花音は俺をからかいたいらしい。
忘れた頃にからかってくるため、油断した頃合いを狙っているのかもしれない。
ただ、そんな悪戯っぽい笑顔も愛おしくてたまらない。
それから俺たちは買い物を済ませると、ようやく店を後にした。
……店員に温かい目で見られてような気がするが、気のせいだと思っておこう。
俺たちは寺で参拝をし、御守りを買う。
寺の前には煙を浴びると頭が良くなると言われている常香炉があるため、受験を終えている今更ながら浴びておく。
今後の発展を期待してということだ。
そしておみくじを引くと、二人とも大吉という幸運があった。
これからの大学生活がいいものになりそうだ。
「あー、もう終わりか―」
「あっという間だな」
出店を回って買い食いをしつつ、出店でお土産を見ていた。
気が付くとそろそろ帰ることも考えなければいけない時間となっていた。
「でもまあ、また来ようと思えばいつでも来れるからな」
電車と新幹線を乗り継いでも三時間はかからない。
往復で三、四万円はするため、金銭面的にはやや厳しいかもしれないが、ためになら旅行がてら来れる場所ではあった。
「私と?」
「……そりゃあ、もちろん」
答えはわかっていただろう。
悪戯っぽく笑いながらも確認してくる花音だが、俺が肯定すると安心したような表情を浮かべていた。
「……っと。ごめん、ちょっとここで待ってて」
「どうした? どこか行くなら着いてくけど」
突然会話を切って、花音はどこかに行こうとする。
今いる店にはピンときたものがなかったため、移動するなら一緒でもいいと考えていた。
しかし花音は目を細め、少しだけ嫌そうな表情を浮かべていた。
「その。ちょっとお花を摘みに……」
「それは申し訳ない」
比喩表現だが、その言葉でようやく気付くことができた。よく見ると若干もじもじとしている。
一緒に行動している状況でならまだしも、わざわざついてこられるのは困るのだろう。
「えっと……、とりあえず俺はここにいるよ」
「……うん」
花音は急ぎ足で店を後にする。
俺はそんな後ろ姿を見つめながら、もうすぐ終わる二人の時間を名残惜しく思っていた。
これからも、こんな時間が続けばいいのに……と考えながら、バラエティに富みすぎている店内を見て、時間を潰していた。
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