第194話 藤川虎徹は見据えている

「はあ……、きつ……」


「虎徹、絶叫系弱すぎ」


「うるせ……。苦手なもんは苦手なんだよ」


 一通りのアトラクションを楽しんだ俺たちだが、虎徹は意気消沈している。

 絶叫系と呼べるほどのアトラクションには乗っていないのだが、それでも虎徹はダメだったようだ。

 顔を青くしており、ベンチで燃え尽きていた。


「まあ、まだパレードまでは時間あるし、ちょっとゆっくりしててもいいかもね」


「そうだね。……あ! それならお土産見たいかも!」


「私も!」


「……それなら三人で行ってくれ。俺はもう少し休憩したい」


 花音と若葉は話を進めており、虎徹は動きたくないといった様子だ。


「それじゃあ、お言葉に甘えて。颯太、花音ちゃん、行こっか?」


「うんー」


「あ、俺はいいかな」


「そう?」


 家族へのお土産くらいしか買うものもないため、特にこれを見たいというものはない。

 少しだけでもお菓子を見れればいいと思っている。


「虎徹もお土産見るために、またパレードの後でも見るだろ? 俺はその時でいいかなって」


「そっか。じゃあ、二人で行ってくるね」


 そう言って、若葉と花音は近くにある店に入っていく。

 そもそもの話、最初に「耳が欲しい!」という若葉の要望のために店には入っているため、ある程度目星をつけているのだ。


「体調、大丈夫か?」


「そこそこ。でもちょっと気分悪い」


「じゃあ、ちょうど飲み物欲しいと思ってたし、ついでに何か買ってくるよ」


「悪いな」


 力尽きて点を仰いでいる虎徹を見て苦笑いをしながら、俺は自販機で適当な飲み物を買う。


「流石は夢の国……。飲み物は夢であってほしい値段だな」


 こういったところは他の場所に比べて、飲み物一つでも倍近くはするものだ。

 それでも需要があるからこの値段なのだろう。

 ぶつくさと言いながらも、嫌なら買わなければいいだけで必要だから買うのだ。


 硬貨を入れてボタンを押し、飲み物を取り出す。

 普段慣れた動作で普段と同じものを買っているだけだが、この行動もどこか特別な気がしていた。


「ほら、買ってきたぞ。高級な水だ」


「サンキュ」


 買ってきた水を渡し、俺も隣に腰を下ろす。

 自分用に買ってきたコーラを開けながら、喉を潤した。

 楽しんでいたため自分でも気付かなかったのだろう、喉を通っていく炭酸が心地よかった。


「……それで、残ったってことは話でもしたいんだろ?」


「あ、わかった?」


「なんとなくだけどな。俺らもなんだかんだ言って三年の付き合いだしな」


 三年間も一緒にいれば、多少なりとも考えがわかってくるのかもしれない。

 俺も虎徹の考えていることは少しはわかるため、あまり人のことを言えないが。


「てか、ホテル着いてからで良かったんじゃないか? 俺ら同じ部屋なわけだし」


「そうだけど、元気が余ってたら若葉とかが突撃してきそうだからな」


「とかって、若葉しかいないだろ?」


「バレたか」


 テンションが上がっている今の花音ならあるいは可能性があると思っているが、それでも若葉ほどのテンションで来ることはないだろう。

 しかし、どっちにしても気を抜いたらどっと疲れが来そうな気もするため、夜になってからまともに話せる自信はなかった。


「……まあ、話って言っても大したことじゃないよ」


「なんだ?」


「虎徹と若葉、どうなのかなって」


 抽象的な言い方になっているが、俺は二人がこれから大学生になってからどうするのかということを知りたいのだ。

 やはり環境は変わってしまうため、今まで通りというわけにはいかないだろう。

 それでも二人のことだから心配はあまりしていない。それでも、どうやって変化に順応していくのかということが気になっていた。


 曖昧な言い方で伝わるはずもないと思い、言いなおそうとする。

 しかし虎徹は俺の言葉を汲み取ってくれた。


「大学となると交友関係が変わってくるからな。俺は積極的に関わろうと思わないが、若葉は部活も続けるから、全く心配がないわけではない」


 普段は飄々ひょうひょうとしている虎徹の、珍しい弱音だ。

 俺も似たようなもので、積極的に交友関係を広げるつもりもない。

 しかし、相手は違う。花音にしろ若葉にしろ、異性から人気のある二人の周りには人が集まるだろう。

 そうなると、やはり心配をしてしまうのは仕方もないことだ。


「……でも、俺が考えてることは若葉も思ってることだと思う」


「……と言うと?」


「俺は若葉以外を考えれないと思っている。若葉も俺以外を考えれないと思ってくれているんだ。……そう言ってくれるから、結局はその言葉を信じるしかないんだよ」


 察する能力があればまた別だが、虎徹の言うように言葉を信じるしかない。

 それに尽きるのだ。


「それでも現実は甘くなくて、浮気されるやつもいたりするんだけどな」


「おい、良い話が台無しだぞ?」


 せっかく良い話をしていたところでのぶち壊し。まるで後藤のようなきれいな流れだった。


「とりあえずだ、大学も後半になってくると卒論とかで忙しくなるらしいからな、一応同棲も考えている。……と言うか、親がもう一緒に住んじゃえって言ってくるんだよな」


 同棲を考えているという点は俺たちと一緒だ。

 虎徹の話を聞くために、俺の方から話題にすることはなかったが。


「隣の家だと、そんなに同棲するメリットってないじゃないか?」


「将来を見据えてっていうのはあるだろ。それに、隣の家でも忙しかったらなかなか会えなかったりもするからな、同じ家に住んでたらそうもならんだろ」


 虎徹が言うことはもっともだ。

 一緒にいるというのは、ただ幸福感を満たすためではない。

 これからのことも考えて、お互いに関係を深め合うためにも必要なことなのだ。


 一緒に住むというのはそういうことだ。


「……って、何で夢の国に来てまで現実的な話してんだ」


「なんか悪いな」


「いいぞ。とりあえず俺らはそんな感じ……っと」


 ちょうど区切りが良い感じに話が区切れたタイミングで、花音と若葉の二人が戻ってくる。

 それを見て虎徹は重い腰を上げていた。


「お待たせー」


「何も買ってないのか?」


「うん、だって荷物になると思ったから。あとで見るなら買うのはその時でいいかなって」


「そうか」


 ぶっきらぼうな虎徹に対し、若葉は楽しそうに話している。

 いつもこんな感じだが、若葉は構わず話しかけていた。


「……あの二人、やっぱりお似合いだよね? さっきも時間ある程度潰せば、藤川くんも気を遣わないだろうって言ってたし」


「……ああ、なるほど」


 気分が悪くなっている虎徹を置いてお土産を見に行くことに少しばかり疑問を感じていた。

 信頼関係があるからこそなのだと思っており、虎徹も気にしないからだと考えていた。

 しかし、若葉も若葉で虎徹を休ませておきながら、虎徹が気を遣わないようにした提案だったのだ。


「あの二人には敵わないなぁ……。ちょっと羨ましいかも」


「どういうこと?」


「……颯太くんとももっとわかり合いたいってことだよ!」


「痛っ!」


 頬を膨らませている花音によって、脇腹へ一発食らわされた。

 痛いと言うよりも、驚きが勝っているだけだが。


「二人とも、虎徹も大丈夫みたいだから、そろそろパレード行こ?」


「あ、うんー!」


 花音は返事をすると、俺にを差し出してきた。

 俺はその手を取って立ち上がると、先に行く虎徹と若葉の後を追いかけた。

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