第188話 春風双葉は正直になる
本屋を出た俺たちは、双葉の希望で映画館に向かった。
そこでめぼしい作品を見つけ、席を取っておく。
しかし、次の上映まではまだまだ時間があり、俺たちは少し早めとなったが腹ごしらえをすることにした。
「双葉は何か食べたいものはあるか?」
「そうですねぇ……、これっていうのはないですけど、安くて量が食べたいです」
双葉はそう言って俺に視線を投げかけてきた。
これは選択権は俺に譲るということだろう。
安くて量が食べられる……となると、やはり思いつくのは一つだった。
「うわぁ……!」
双葉はテーブルいっぱいに広がったご飯を見て、目を輝かせている。
運んでくる店員は俺の前かテーブルの真ん中に置くのだが、運ばれるたびに毎回双葉の目の前に移動させるという作業をする。
……まさか、この量を女の子が一人で食べるために注文したとは思わないだろう。
「いただきまーす!」
元気よく手を合わせる双葉に続いて、俺も手を合わせた。
俺の目の前にはハンバーグとドリア。双葉の目の前にはハンバーグとドリアに加えて、パスタとピザ、更には追い打ちをかけるようにチキンもある。
俺たちが来たのは学生の味方……イタリアンのファミレスだった。
「美味しいですね!」
「まあ、安心安全のチェーン店だからな」
「あ、なんかその発言藤川先輩っぽいです」
「そうか……?」
言われてみればそんな気もする。
虎徹とも時間を潰したり、受験勉強の時に来ることはよくあったため、このセリフを何度も聞いていた。
そのためか言い方がうつってしまったのかもしれない。
「先輩って、高校に入ってからだいぶ変わった気がします」
「何を今さら……」
「根本的なところは変わってないですけど、藤川先輩っぽさがたまに出るので、ちょっと捻くれた気がします」
「それ、虎徹に言ってやろうか?」
「や、やめてください」
言ってはみたものの、虎徹が怒るということもないだろう。
双葉に対して冷たげな対応をするものの、実際は結構甘かったりもする。
多分、後輩という存在に慣れていないこともあって恥ずかしいだけなのだ。
「ってか、俺ってそんなに変わったか?」
俺はドリアを一掬いし、口に運びながら考える。
特に思い当たる節がなかった。
「藤川先輩みたいに捻くれたところがありますね。逆に藤川先輩は……って言うほど知ってるわけではないですけど、最初の頃の印象よりも明るくなった気がします」
俺は最初の頃の虎徹の印象を思い返してみる、
虎徹は自分から話題を振るタイプではないが、最近では虎徹から話し始めることもままあった。
あと、複数人で話すと黙ることがあり、若葉を含めた三人で話している時なんかは話を振られなければ黙っていた気がする。今ではそんなこともなく、自分から会話に入ってきていた。
「でも、さっきも言ったように根本的なところは変わってないですよ? 先輩……颯太先輩はいつも優しいです」
ご飯を食べながらという状況だが、この時の双葉は手を止めて俺の目を真っすぐに見ていた。
その視線と言葉で俺はどうもむずがゆくなってしまう。
「……双葉は変わらないな」
「そうですか?」
「ああ、もちろんいい意味でだけど、真っすぐというか……。中学生になってすぐの頃から見るとかなり変わったけど」
「あ、あの頃のことは忘れてください!」
恥ずかしそうにかき消すようにしている双葉だが、当時の思い出を俺は忘れることはないだろう。
純粋で弱弱しく、今にも壊れてしまいそうだった。しかし、本当は負けず嫌いで、心のうちには熱いものがあった。
後輩で妹っぽい部分もあるが、年下であることを忘れてしまいそうになるほど、俺の中の双葉の印象は変わっていったのだ。
恥ずかしい気持ちを振り払うように、双葉は食事を進める。
細い身体のどこに消えていっているのかわからない大将のご飯はあっという間になくなり、食べ終えた頃には満足そうに笑顔を見せていた。
中学三年間で双葉は成長し、高校でもバスケで大活躍している。
双葉は俺のおかげと言ってくれているが、少なくとも中学三年間は双葉のこの笑顔に支えられていた。
俺はこの時になって、ようやくそのことに気が付いてしまった。
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