第187話 春風双葉は今を考える

「さて、どこ行く?」


 最初は花音と三人で遊ぶ予定だったが、花音の作力によって俺と双葉の二人きりとなっていた。

 予定は立ててあったものの、花音を含めた三人で遊ぶための予定だったため、いっそのこと行き当たりばったりで遊ぼうということになったのだ。


 双葉は「どうしようかなぁー……」と指で唇をいじりながら考えている。

 最初から行き当たりばったりであれば心の準備はできているが、どうしても元々立てていた予定が頭をチラついてしまう。

 例えるなら、目当ての店が定休日だった感覚だろうか。


 いっそのことその予定を実行すればいいのだが、せっかくなので花音もいる三人でのほうがいい。


 ここはとりあえず無難にだ。


「本屋はどうだ?」


「いいですね!」


 思っていたよりも食いつきがいい。

 前までは小説はおろか、マンガを読むこともさほど多くなかった双葉だったが、最近は読むこともあるという。

 それも凪沙と一緒に俺の部屋に入り、勝手に物色している結果だった。


 俺たちは本屋に行くと、双葉は真っ先にマンガコーナーに向かう。


「これとか最近読んでるんですよね」


 そう言って手に取ったのは少女マンガだ。

 意外にも、俺が持ってないものだ。


「……俺の部屋以外でも読むんだな」


「何ですかその意外そうな顔は?」


「だって双葉って全然マンガとか読まないし、俺の以外読むことあるんだなと」


「確かにあんまり読みませんけど……私だってたまには読みますし、最近は結構読んでるんですよ? これは友達におすすめされたんです」


 当然のことながら、双葉にも同級生の友達はいる。あんまり話を聞くことはないが、明るい性格で交友関係も広い。

 むしろ、今でも繋がりがるのが不思議に思えるくらい、双葉の周りには人がいるのだ。


「それに……先輩が好きなものを、私も知りたいんです」


 柔らかくどこか嬉しそうで……それでいて憂いを帯びている表情に、俺は惹きつけられてしまう。

 可愛いからとかきれいだからとかそういうものではない。変な意味合いなど一切なく、どこか神秘的な表情に見えてしまい、俺は双葉に見惚れてしまっていた。


「……あっ! 別に花音先輩から奪いたいとかそういうのはないですよ?」


「わ、わかってるよ」


「で、ですよね……」


 双葉は安心しているようにも見えて、寂しげにも見えた。

 流石に本当に『花音と別れてほしい』なんて思ってもいないだろう。

 そんなことを考えない、真っすぐな性格をしていることを俺はよく知っている。

 だからこそ、その表情の意味がわからなかったのだ。


 それに……だ。


「せっかくなので先輩と、花音先輩がおすすめのマンガとかあれば教えてくれませんか? ラノベ? とかはちょっとまだわからないので、マンガで!」


「俺と花音のおすすめ?」


「はい! 先輩たちが好きなものを、私も知りたいんです!」


 こうして双葉は花音の話題を振ってくる。

 前にどこかで言われた気もするが、女の子と遊ぶときは別の女の子の話題を出すのは厳禁らしい。

 しかし双葉は自分自身がお構いなしだった。


「そうだな……この辺とかは? 俺のはこっちで、ラブコメだけどコメディ要素多くて楽しめると思う。花音の方はバレーマンガだから種目は違うけど、スポーツやってる人とか熱い展開が好きな人には刺さるかな」


「花音先輩がバレーマンガ……意外ですね」


「ま、まあな」


 期待の眼差しで見つめてくる双葉に気圧されながら、俺のおすすめとして最近アニメとなったマンガを紹介し、花音のおすすめとして最近隠れるようにして読んでいたマンガを紹介した。

 ……花音が俺から隠れながら読んでいたのは双葉におすすめした本編ではなく、やや薄めで肌色が多かった本だということは伏せておこう。ちなみにやや男性しか出てこない本もあったが、花音曰く嗜む程度らしい。


「ちなみにどっちも俺は持ってるから、事前に申告してくれれば貸すぞ」


「いいんですか?」


「今まで散々、勝手に読んでただろ……。それにバレーマンガの方は完結してるんだけど、全巻集めようと思ったら二万円くらいするからハードル高いぞ」


「二万んっ!?」


 全四十五巻もあるためそれくらいはしてしまう。一巻当たり五百円弱のため、二万円は少し超えるのだ。


「お言葉に甘えて、お借りします……」


 部活をしている双葉はバイトをする余裕もなく、常に金欠状態だ。

 お小遣いは十分にもらっており、服はそこまで買うことはないようだが、なんと言っても食べる双葉はお小遣いの大半をご飯やおやつに費やすらしい。

 共通の話題があるのは俺にとっても嬉しいことのため、貸せるものは貸した方が双葉もとっつきやすいというものだ。


「……そういえば急だけど話題変えていいか? 本に関することではあるんだけど」


「何ですか?」


「双葉って受験どうするんだ?」


 俺がそう聞くと、わざとらしく目を逸らす。


 受験も終わっているため参考書の使い道はない。凪沙はもう一年先のため、使うのなら双葉にあげようかと考えていた。使い終わったら凪沙にあげれば結局のところまた戻ってくることにはなるが。

 つまり、俺は参考書がいるかどうかを聞こうとしたから出た質問だったが、どうも双葉の様子はおかしかった。


「……勉強してないのか?」


「わ、私はスポーツ推薦を目指してるんで!」


 確かに双葉なら現実的な話だ。

 三年生が引退した冬休みの大会以降、双葉は最高学年になっている。


 そんな中で双葉はキャプテンに選ばれており、二年連続全国大会に出場している桐ヶ崎高校のキャプテンとなれば肩書きは十分。

 一年生の頃から全国大会でも活躍していることを考えると、実績も十分だった。


 ただ、勉強の話をして焦るということは、不安もあるということだろう。


「俺が言えたことではないけど、念のためしておいた方がいいぞ?」


「わ、わかってますよ!」


 拗ねたように唇を尖らせている顔を見ると、思わず頭を撫でてしまいたくなる。

 凪沙とはまた違ったタイプだが、双葉のことを少しだけ妹のように見ている部分もあるのだ。


「美咲先輩と仲良いなら、勉強教えてもらえば?」


「さきさき先輩は嫌だ!」


 ものすごい拒否反応を起こす双葉は、以前に花音、虎徹、若葉と一緒に勉強を教えてもらった時のことを思い出しているようだった。


 それから俺たちはしばらく話し込んだため、場所を移動することにした。

 話し込んでそのまま出るというのは気が引けたこともあり、荷物になってしまうことも考えて新刊を一冊だけ購入することとなった。

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