第186話 春風双葉と遊ばせたい
「よっ、双葉。お待たせ」
「そんなに待ってないですよー! 今来たところです!」
双葉はそう定型文のように返しながら、俺は約束していた駅前に到着する。
今日の双葉は学校とは印象が違い、動きやすさよりもオシャレを取ったような服に身を包んでいた。
とは言っても、いつも私服の双葉は可愛らしい服を選んでいる。
そんな中でも今日はいつもと違い、黒を基調とした服でカッコよさのある服装だ。
ただ、運動して引き締まった双葉の体にタイトのスカートは、男として惹きつけられるものがある。
俺は思わず目を逸らすと、話を続けた。
「そ、そういえば花音はまだかな?」
「私が来たのは五分前くらいですけど、まだ来てないみたいですね」
俺も双葉も時間より早く来るタイプだ。
しかし、花音はもっと早く来ることがある。
日によってまちまちなこともあるが、「楽しみだったから」と三十分も前から待っていることだってある。
「でも、まだ集合時間じゃないですし、そろそろ来るんじゃないですか?」
俺が到着したのは約束の十分前。こうやって話しているうちに、約束の時間まであと七分ほどになっていた。
「とりあえず、着いたって連絡しておくよ」
「はーい」
双葉ののんきな返事を確認し、俺は花音に到着していることを連絡する。
すると、数秒のうちに既読の表示が付き、一分も経たずに返事が来た、
「……はあ?」
「どうしたんですか?」
「いや、これ……」
花音からの返事、俺は思わず声を上げる。決してとち狂ったわけではない。
双葉は不思議そうに俺に視線を向けてくるが、送られてきたメッセージを見せると驚いた表情を浮かべる。
これが正常な反応なのだ。
「電話する」
「は、はい」
俺は花音に変なメッセージを送ったわけではなかった。
ただ、俺と双葉がすでに到着している旨を伝えると、『二人で楽しんできて』と返ってきた。
理由も言わずに一言だけだったため、花音の様子はわからない。
気に障るようなことをしてしまった……記憶はないが、何か怒っている可能性もある、
もしかしたら体調が悪いのかもしれない。
たった一文で、しかも絵文字やスタンプも添えられていないため、どういう意図で送られて来たのか見当がつかないでいた。
電話を鳴らすと、今まで携帯を触っていたからかすぐに花音は出た。
俺はスピーカーで繋ぎ、双葉にも聞こえるようにする。
「か、花音!?」
『えっと、どうかした?』
声の感じからして、怒っているという様子ではなさそうだ。
不思議そうに驚いているといった感じだが、不思議なのはこちらの方だ。
「さっきの『二人で楽しんできて』ってどういうこと?」
『あぁ、今ちょうど理由を話そうと思ってメッセージ打ってたところだったんだよね』
どうやら入れ違いというか、すれ違っていたようだ。
ちゃんと説明しようとする前にいきなり俺が電話をかけたため、花音は驚いていたらしい。
『まあ、二人で遊ぶのと私がいるのとでは違うよねって思ってさ』
「ええと……、それはそうだけどどういうこと?」
『私と付き合い始めてから、颯太くんと双葉ちゃんって二人で遊んでないでしょ? でも、元々は普通に先輩後輩で遊んでたわけじゃん?』
「まあ、そうだな」
正確には一度だけバスケの練習に付き合ったことはあるが、遊んだというよりも真剣なものになっていた。
それを考えると、花音の言うように遊んだのは複数人でしかなかったことだ。
『あんまり頻繁に遊ばれると彼女として嫌だけど、たまにならいいんじゃないかって思って計画したの』
「えっと……、元々来ないつもりだったと?」
『そういうこと』
言われてみると不思議なところはあった。
三人で遊ぼうと誘ってきたのは花音だったが、どこに行くのかということは俺と双葉に任せてきた。
すべてを任せてきたわけではなく、日程の調節や集合時間、場所の決定などは花音が率先して行った。約束をしておいてすべてを任せて不自然に思われないようにするためだったのかもしれない。
『二人が私に気を遣ってくれてるのかなって思ってたから、大学進学前の春休みくらいはって思ってさ』
「なるほどな……。ただ、普通は付き合う前の男女にやる定番だと思うんだけどなぁ……」
『二次元ならね。それで周りが風邪引いたとか理由つけてこないやつで、なんだかんだで二人でデートするやつね』
「そうそう」
『本当は適当に理由つけようかなって最初は思ってたんだけど、ちゃんと言わずに風邪とかで誤魔化したらまた後日とか、お見舞いに来るとかなりそうな気がして正直に話したんだ』
確かにありそうだ。
彼女をほったらかして他の女の子と遊べるはずもない。発案の花音がいない状態で遊ぶことにも抵抗があると考えていたはずだ。
『彼女として嫌がるのが普通なんだろうけど、今まで長い付き合いで何もなかった二人だからねー……』
「それは信頼してくれているのか、ヘタレだと思われてるのか……」
『どっちも。私にだって手を――』
花音がそこまで言うと、俺は電話を切った。
双葉に聞かれたくない話……なのだが、すでに途中までは聞かれており、双葉は「ヘタレ」と俺の耳元で囁いた。
何かに目覚めそうだ。
「と、とにかくそういうことらしいし、行くぞ」
「はーい」
顔が赤くなっているのだろうか、暑くて仕方ない。
俺は恥ずかしさをかき消すように、足を進めていた。
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