第185.0214話 かのんちゃんはあまい!

「颯太くん! チョコどうぞ!」


「ありがとう」


 受験真っ只中で自由登校だった日、俺は花音に呼ばれて家に訪れていた。


 俺が家に到着すると、数分だけリビングで待たされた。

 そして花音は包装することもなく、バスケットに入れられたチョコを出してくれた。


「……やっぱり花音のお菓子は美味しいなぁ。ご飯も美味しいから、毎日でも食べたいくらいだ」


「なにそれ、プロポーズ!? そんなに褒めたってホットチョコレートくらいしか出ないよ?」


「そういうつもりじゃない……っていうか出てくるんだ」


 出してくれるあたり、元々用意してくれていたということに違いない。


「そういうつもりじゃないって、プロポーズじゃないの?」


「……もうしたじゃん」


 告白の時に俺はプロポーズまがいのことをした。……というよりも実質プロポーズだった。


 プロポーズのつもりで出た言葉ではなかったが、俺の気持ちが変わっているわけでもない。


「てか、何このバカップルみたいなやりとりは」


「今更? それに別に誰かに見られてるわけじゃないからいいじゃん」


「そうだけどさ……」


 二月中旬。すでに俺は受験を終えてるが、花音はまだ続いている。

 そんな時期に頭の中までチョコで詰まったような会話をしていて大丈夫なのだろうかと不安になってしまう。


「あ、なんか失礼なこと考えたでしょ?」


「……考えてない」


「わかりやすーっ!」


「……気のせいだ」


 否定して誤魔化したはずだが、どうやら花音にはお見通しのようだ。


 ……逆に、花音が考えていることも多少はわかるようになってきたため、お互い様とも言えるだろうが。


「颯太くんって、誤魔化す時って飲み物に口つけるよね?」


「なっ……!」


 確かにそうだ。

 たった今、俺はホットチョコレートに口をつけようとしていたのだ。


「バレたか……。てか、いつからそれを……?」


「いや、カマかけただけだけど」


「えっ……?」


「誤魔化そうとしてなくても飲む時は飲むし、ちょうど飲んだタイミングで指摘したら自白してくれたし」


 花音はわかっている風な言葉でカマをかけ続けていただけだ。

 俺も誤魔化してはいたが、『バレたか』という言葉で自白したようになってしまった。


「それで、颯太くんは何を考えてたのかな?」


「言ったら怒るじゃん」


「怒らないから言ってみ?」


「それ絶対怒るやつ!」


 怒らないからと言って怒られなかった試しがない。

 宿題を忘れた理由を話したら『言い訳するな!』と言われるようなものだ。


「まあまあ、とりあえず言ってみ?」


「……頭の中、チョコレートで詰まってるなと」


「ほほー……」


 有言実行で花音は怒らない。

 しかし、意味深に頷き、目つきが変わった。


 何故か花音の目は、怒られている時よりも恐怖を感じた。


「脳内チョコまみれの私は、何をしでかすのかわかりません」


「……花音?」


「今日一日は受験のことは忘れます。甘々になった脳内で本能のままに動きます」


「か、花音……?」


「だから……覚悟してね?」


 この時の恐怖を俺は忘れない。

 花音の目が獲物を狩る野獣の目をしていた……というのもあるが、自分の理性と戦い負けようになるのも怖かったのだ。


 そして、一日中甘い時間を過ごしたのだが……何もなかったのだ。

 キスすらも受験が終わるまでは我慢する約束だったため、一秒たりとも……一ミリたりとも触れることもなかった。


 ただただ、理性を攻撃されるだけの時間だったのだ。


 花音の攻撃に一日中耐え切った俺は、悶々とした理性を抱えながら、柔らかい感触と甘いチョコレートを堪能するのだった。

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