第185話 綾瀬碧は近づきたい!

「お待たせーっ!」


 小走りでこちらに向かってきて、息を切らせる綾瀬と合流をする。

 俺たちは今日、これから一緒に遊びに行く約束をしていた。

 ……三人で。


「かのんちゃん! こうやってちゃんと話すのは初めてかなっ?」


「そうだね。綾瀬さんとは同じクラスになったこともないし、二人きりで話したことはなかったと思う」


「今日はよろしくねっ!」


 綾瀬は元気いっぱいで、花音は困っていると言うか人見知りを発動している。

 そして俺は、そんな花音の様子を見て面白いと思いつつも、こんな歪な状況に困惑している部分もあった。


「……やっぱり二人で出かけたかったよね?」


 今回三人で遊ぶのは、綾瀬の発案ではあった。

 しかし、花音自身も乗り気でなかったわけでもなかったのだ。


「えっ!? うーん……。二人で出かけたい気持ちもあるけど、颯太くんと仲が良い綾瀬さんのことも気になってたから、誘ってくれて嬉しかったかな?」


「かのんちゃん……」


「せっかくだし、今日は楽しみたいな!」


「私も! かのんちゃんと仲良くなりたい!」


 気が付けば各々の問題は解決していた。

 俺は平和に、二人を後ろから見守るだけの守護霊に徹していた。




 俺たち三人はまず、ボウリングをすることとなっていた。

 三人とも運動は好きだ。俺は中学時代とはいえ運動部で、綾瀬は高校の時も運動部だ。花音は運動部に入ったことはないが、運動自体は好きなのだ。

 普通に運動をすれば流石に実力差は激しい。そのため俺たちはボウリングという無難な選択をした。


 しかし……、


「あ、綾瀬ちゃんすご……」


「いやいや、これでも青木くんに負けてるからねぇー」


「試合には勝ったけど、勝負では負けた気分だ……」


「えー?」


 中盤までは俺が圧倒的にリードをしていたのだ。

 そこからの綾瀬がすごかった。

 スペアやストライクを連続で出すと、俺のスコアにほぼ追いついた。


 何とか俺も追いつかれまいと必死になり、結果的には過去最高点数を叩き出したかもしれない。

 ある意味、綾瀬のおかげだった。


「私、全然だめだな……」


「花音……、普通にすごいと思うぞ?」


「そうかな? でも、二人より全然点数低いし……」


「綾瀬の勢いに押されただけで、普段は俺もこんなスコア取ったことないぞ」


 俺のスコアは二百をギリギリ超えた。綾瀬はギリギリ超えなかった。

 そして花音は百二十と俺たちと比べると離れているが、むしろ平均くらいのスコアだ。

 普段の俺なら、花音と同じか少し高いくらいのスコアのため、決して低い点ではないはずだ。


「よーし、もっと投げるぞっ!」


 綾瀬はそう意気込み、俺たちは何ゲームか続けた。

 最終的に俺が勝ち越したのだが、何度か綾瀬に負けることもあったため、内心結構焦っていた。


 ボウリングを終えた俺たちは、休憩がてら喫茶店に立ち寄った。

 運動している時の綾瀬は、双葉や凪沙、若葉と似通う部分があり、言ってしまえばやや迫力があった。


 しかし、甘いものを目の前にした時に見せる表情は女の子共通なのだろうか、明るく無邪気な表情に変わっている。


 花音と綾瀬の二人は最初こそ緊張していたものの、徐々にいつものように話ができるようになっていた。

 そうやって仲は深まっているが、花音はやや複雑な表情を浮かべた。


「どうしたの?」


「……ちょっと、ふと気になったことがあって」


 花音は言い辛そうにしているが、綾瀬に促されて口を開いた。


「そのさ……、私と颯太くんが付き合ってるのって嫌な気持ちにならないのかなって」


 綾瀬が俺に告白してきたことは、花音も知っている。

 つまり現状の綾瀬からすると、好きな人とその彼女と遊んでいるということなのだ。


「どうだろ……」


 花音のツッコんだ質問に綾瀬は頭を悩ませている。

 即答しないあたり、様々な気持ちが入り混じっており、複雑なのだろう。


「……確かに胸が苦しくなることはあるかな。でも、私は付き合いたいって気持ちがそんなになかったんだ。私は付き合うとかじゃなくて、友達として一緒にいたかったから。だから、私がどうこう言う資格はないんだよね。……付き合うよりも友達のままで関係が壊れない方がいいって考えたから」


 綾瀬は俺に告白してきた時にも言っていた。

 付き合いたい気持ちはあるが、友達としていたいと。


「……わかるよ!」


 花音はそんな綾瀬の意見に同調した。


「私も今は付き合ってるから言えないかもだけど、最初はどうしようかって悩んでたんだ」


「そうなの?」


「うん。だから本当はずっと好きだったけど、告白ができなかったんだ」


 告白ができなかったどころか、一度断っているのが花音だ。

 俺の押しもあったのからこそ今付き合えているのかもしれないが、花音も綾瀬と同じように付き合うよりも友人関係のままでいることを優先しようとしていた。


「……かのんちゃんってアイドルみたいな感じで遠い人だと思ったけど、結構親近感湧いたよ。少なくとも恋愛関係で悩むとは思ってなかったから」


「私も結構悩むんだよ? 頑張って自分を大きく見せようとしてただけだし。……私も綾瀬さんのこともっと知りたいって思ったよ」


「それじゃあ、今度は二人で遊ぶ?」


「いいね。今度は颯太くん抜きで」


 いつの間にか話が進んでいき、俺はのけ者にされていた。

 ただ、今日三人で遊んでいた目的は、花音と綾瀬が話すことだ。俺は一人寂しくコーヒーを啜っていた。


 人見知りの激しい花音も、綾瀬とは自然に話せるようになっていた。

 心配はしていなかった。こうなるのだろうと思っていたのだ。


 二人とも性格が良い。

 それに、俺の信頼している二人なのだ。

 合わないはずもなかった。

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