第181話 かのんちゃんはもっと知りたい!

 彼女が家に来たと思ったら、俺の過去の暴露話となった。


 花音の緊張をほぐすための話なので我慢はするが、俺はどうにも気恥ずかしかった。


「なーんか今はスカした感じだけど、小学生の頃なんてヤンチャで可愛かったんだよねぇ」


「そうなんですか?」


「中学生まではそんなことなかったのに、なんでこうなっちゃったのかしら?」


「……知らん」


「なんとなく、藤川くんの影響とかあるんじゃないかなって思います」


「あー、確かに虎徹くんはクールな感じよね」


 そこまで自覚はなかったが、言われてみるとそうかもしれない。

 高校生活の大半を過ごしてきたため、虎徹の雰囲気に充てられていたのだろう。


「それで、ヤンチャってどういう感じですか?」


「ああ、悪い意味じゃないよ? いつもバスケバスケって言って、しょっちゅう公園に行って暗くなるまで帰ってこなかったんだから」


「へぇー、颯太くんにもそんな時期が……」


「凪沙も今ではよくしゃべるけど、小さい頃は『おにいおにい』って颯太の後ろにくっついてたわね」


「私にも飛び火がっ!?」


「そういえばいつまでだったか、凪沙って自分のこと『なぎ』って言ってたわよね?」


「そんなこと覚えてないもんっ!」


「……たまに出てるぞ?」


「嘘ぉ!?」


「嘘だけど」


「もう! おにいのバカ!」


 適当に言った冗談を真に受けていた凪沙は顔を赤くしている。


 凪沙は小学生の中学年くらいまでは人見知りだった。確か俺が中学に上がる頃か、その少し前から段々と今の性格になっていった。


「昔は颯太がよく、凪沙をバスケに連れ出してよな?」


「今では逆ですね」


「まあね。昔は今と違って、颯太の方がバスケ好きだったんだよな」


「はあ……、父さんまで……」


 俺は特に小学生の頃なんかは、バスケで頭がいっぱいで勉強なんてしたことがなかった。

 その頃の凪沙はまだまだ下手で、体格差の出やすい小学生だった。

 男女の違いは、むしろ女子の方が成長しやすい期間だが、凪沙は小柄だったため相手にもならなかった。

 ただ、パス練習の相手にはなるため、よく連れ出していたのは覚えている。


「中学生の頃なんか、キャプテンもやってたよな」


「えっ、初めて聞きました……」


「あれ、言わなかったっけ?」


「知らないよ?」


「そうだったか。……実力とかじゃなくて、なんでなったのか今でもよくわからないけどな」


 あまり強い学校でもなく、俺より上手い人はいた。

 一応レギュラーだったが、それは人が少なかったからという理由もあったからだ。


「ちなみに、私はおにいがキャプテンになった理由をなんとなく知ってます」


「なんで凪沙が知ってるんだよ……」


「双葉ちゃん情報だよ! ……花音さんはおにいと双葉ちゃんが仲良くなったきっかけって知ってましたっけ?」


「確か、颯太くんが双葉ちゃんに教えてたからだよね?」


「はい、そうです! 双葉ちゃん以外にも、男子の後輩とかに教えてたみたいで、後輩に慕われてたって話です。それで先輩とか先生の信頼もあって、同級生もまとめれたとかなんとか」


「颯太くんらしいね」


 今になってようやく知ったことに、今更ながら俺は気恥ずかしくなっていた。

 正直なところ、キャプテンという肩書きは悪くなかった。そのため、押し付けられたのだろうと思っていたが、それでもいいと考えていた。

 しかし、ちゃんとした理由で選ばれたということを知り、嬉しさのあまり頬が緩んでしまう。それを隠すように、俺は口元を拭うふりをする。


「でも、そんなバスケしか考えてなかった颯太が、高校生になってから部活に入らなかったのは俺も母さんも結構心配したんだぞ?」


「……初耳なんだけど」


「そりゃあ、颯太悩んで決めたことだからな。俺たちがどうのこうの言うより、颯太自身の気持ちを優先しようって思ったんだ」


「そうそう。……まあ、なにより親として情けないけど、触れていいのかわからないのもあったわ」


 父さんと母さんは少しばかりくらい表情に変わる。

 俺自身が思っていたよりも、親には心配をかけていたのだ。


「……今言ってもどうしようもないし、今では後悔してないよ」


 これは本心からの言葉だった。


 もしバスケ部に入っていたら……と考えたことがないわけではない。

 しかし、バスケ部に入っていれば虎徹と仲良くなれたかはわからない。話をする仲になっていたとしても、今までのように多くの時間を過ごせるわけではなく、少なくとも今のような関係にはなっていなかっただろう。

 そして、花音と仲良くなれたかもわからず、そうなれば花音と付き合えていたのかもわからなかった。


 それぞれがそれぞれのコミュニティで、なんとなく過ごしていただろう。

 もしかしたら今よりも楽しい生活が待っていたかもしれないが、どうなっていたかは今になってはわからないのだ。


 少なくとも俺は、バスケ部に入らずに虎徹とつるんで、若葉や花音と仲良くなれたことが良かったと思っている。

 それが俺の高校生活で大切な思い出の一部となっているのだから。


 そして、そのことはを父さんも母さんも理解していた。


「高校に入ってすぐは思いつめていた様子だったけど、虎徹くんや若葉ちゃんと仲良くなってから颯太は明るくなったわ。それに、去年はもっといい顔をするようになってたし……それって多分、花音ちゃんのおかげよね?」


「そう……なんですかね? そうだといいなぁ……」


 小さく呟きながら、花音は頬を緩めていた。


 自惚れではないだろう。俺が変わったきっかけの一つであることに、花音は喜んでくれている。

 そのことが俺はたまらなく嬉しかった。


 そして、花音はいつの間にか緊張が解けてきたのか、徐々に箸が進み始めている。


 その様子に俺は……父さんや母さんも、小さく微笑んでいた。

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