第180話 かのんちゃんは馴染みたい!

「ただいまー」


「お邪魔します……」


 いつも通りを装ってはいるが、実のところ少しばかりの緊張はあった。

 そして花音は遠慮がちで、どこかよそよそしい。当たり前かもしれないが、その様子が新鮮にも思える。


 今までも何度か花音を家に呼んだことはあるが、俺の親と会うのは初めてだ。

 それもあって花音は緊張しており、俺も少しだけ緊張していた。


「おにいおかえりー。花音さんもいらっしゃい!」


「お、お邪魔します……」


 俺たちが帰ってきた音に反応して、凪沙がリビングから顔を覗かせた。


 花音はまるでインコのように同じ言葉を復唱する。

 その様子に俺はおかしくなって吹き出しと、横から脇腹をつつかれた。


「あ、でも花音さんってよそよそしいかな? おねえって呼ぼっかなー」


「な、凪沙ちゃんのおねえ呼び!? 魅力的だけど少し照れちゃうな……」


「ダメですか?」


「だ、ダメじゃないよ? 凪沙ちゃんが呼びたいように呼んでも……」


 忘れたころに思い出す。

 花音は生粋の妹好きなのだ。

 妹というよりも、家庭環境のこともあるからか兄弟姉妹に憧れている。


 そして花音は凪沙の『おねえ』呼びに興奮していた。


「気が早くないか?」


「えー、だって結婚するんでしょ? そうやって告白したって聞いたよ?」


「おい凪沙。その情報はどこから聞いたんだ」


 凪沙は素知らぬ顔で爆弾発言をする。

 そのことを知っているのは俺と花音くらいだが、俺は当然そんなことを妹に話すはずもない。


 ……となれば。

 花音に視線を向けると、その視線を避けるように目線を逸らした。


「花音?」


「ど、どうしたの?」


「いや、凪沙に変なこと言ってないかなって思ったんだけど……、気のせい?」


「結婚のことは変なことジャナイヨー?」


 俺ではないのであれば、当然話すことができるのは花音だけだ。

 変なことではないが、まさか暴露されているとは思わなかった。


「だってさ、凪沙ちゃんと双葉ちゃんに質問攻めされたから……仕方なく」


「えー、私のせいですか?」


「そ、そんなことないよ! うん、私のせいだから!」


 拗ねたような声を出す凪沙に、花音は早口で取り繕う。


「ご、ごめんね、颯太くん?」


「いや、別に怒ってるわけじゃないけどさ……」


 そう言って俺は凪沙に視線を向けると、わざとらしく舌を出していた。

 拗ねたふりをしていただけで、ただただあざとかった。

 ……そんな凪沙のことを可愛いとも思ってしまうが。


「あんたたち、何してんのー?」


 俺たちが帰ってきて玄関で話し込んでいるのを不思議に思ったのか、母さんがリビングから出てくる。


「ひゃっ! は、初めましてっ、本宮花音です!」


「初めまして。花音ちゃん、ゆっくりしていってね」


「はっ、はい!」


 母さんはそれだけ言うと、リビングに戻っていった。

 見て取れるように緊張していた花音はほっと息をつく。


「まだ時間あるし、とりあえずゲームでもしませんか?」


「し、したい!」


「じゃあ、おにいの部屋にれっつごー!」


 勝手に予定を決められたが、まあいい。

 花音はリビングに寄って軽く挨拶を済ませると、荷物を下ろしつつゲームをするために、俺たちは俺の部屋に向かった。




 しばらくゲームをしていると、母さんから呼ばれ、俺たちはリビングに向かう。

 テーブルにはこれでもかというほど寿司のパックが並べられている。

 話を聞くと、一皿百円ではない寿司屋のお持ち帰りらしい。


「お茶持ってくから待っててね」


「あっ、何かお手伝いでも……」


「いいのいいの。せっかく来てくれたんだから、ゆっくりしててくれていいから」


「は、はい……」


 何かしようとした花音だが、母さんの厚意によってテーブルに座らされる。


 もしかしたら……だが、少しでも好感度を上げたいと思っているのだろう。

 今の花音は以前のように猫を被った状態に近かった。


 しかし、特にすることもない花音はどこかソワソワとしていた。


 そして母さんがお茶を入れると、話をしながらご飯を食べ始める。

 主に母さんが花音に質問をしているのだが、花音は緊張を隠せずにいる。

 ……俺も幸成さんと話した時は、客観的に見たらこういう感じだったのだろう。


「それにしても、颯太がこんなに可愛い子を連れてくると思わなかったわ」


「か、可愛い……」


「私がおばさんだからっていうのもあるかもしれないけど、花音ちゃんは可愛いわぁー。颯太のくせにやるじゃない」


「余計なお世話だ」


「花音ちゃん、颯太でよかったの?」


「そ、颯太くんがいいんです!」


 はっきりとそう言った花音に、母さんは「あらあらー」と言いながら俺に視線を向けてくる。

 そんな母さんの視線に気づかない振りをして、俺は目線を逸らした。


「母さん、花音さんも困ってるだろ?」


「まあ、緊張もするわよねー」


「は、はい、いいえ!」


 どっちだと突っ込みたくなるような返事をする花音に、思わず吹き出しそうになった。

 しかし、笑ってしまえば横腹が怖いため、俺は何とか堪え切った。


 ……というか、父さんと母さんの会話も微妙に噛み合ってない気もする。


「私たちはそんなに気にしないから、そこまで緊張しなくてもいいのよ? ……って言っても難しいかな」


「はい……、こういうのは初めてなので……」


 逆に初めてではなかったら、俺の心にダメージがあっただろう。

 そもそも花音に今まで彼氏がいないことは知っていたため、そんな心配はしていなかったが。


 花音は緊張のあまり、なかなか箸が進んでいない。

 大食いと言うほどでもないが、花音はそこそこ食べる。

 どうフォローするべきかと悩んでいた。


「……もしかして迷惑だったかしら?」


「え?」


「急に呼んじゃったから、花音ちゃんも困っているかなって思ってさ」


「そんな、とんでもないです!」


 確かに急ではあったが、花音は前々から親に挨拶をしたいと言っていた。

 そして、今日も母さんから電話がかかってきた時は乗り気だった。

 ただ、実際に会ったとなると、どうしても緊張をしてしまうのだろう。


 すると、母さんは「そうだ!」と声を上げる。

 俺は嫌な予感がしてたまらなかった。


「颯太の昔話……興味ない?」


「ちょっと! 母さ――」


「聞きたいです!」


 俺の声を遮りながら、花音は目を輝かせていた。

 そんな花音に、母さんはニコニコとしている。


 ……これから待っているとわかりながら、俺は花音の表情を見て、止めるに止められなかった。

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