第179話 かのんちゃんの初対面!

 今までお世話になった先生やクラスメイト達と話を終え、ようやく帰路に着くことができた。


 楽しく、寂しく……、そして長くも短くもあった高校生活は終わりを告げた。


 最後に泣きながら四人で写真を撮ったが、少なくともしばらく付き合いは続くだろう。

 願わくば一生続けていきたい関係だが、この先はわからない。

 しかし、三月の間も遊びに行く予定があるため、まだまだいつもの四人の関係は変わらなかった。


 そして、俺と花音は二人で歩いていた。

 帰路に着いたとは言ったが、花音を家に送り、高校生活を終えたいという俺の願望だ。


「あっという間だったね」


「そうだな。特に俺たちは仲良くなってからまだ一年半くらいだし」


「確かに。それくらいからは特にあっという間だったよ」


 三年間のうちの半分は一緒にいた。

 正確に言えば三年間同じクラスだったが、この関係はたった一年半だ。


 あっという間にも感じ、それでいてずっと一緒にいたような気もするほど、この一年半は濃いのもだった。


「そういえば、颯太くんのご両親は今日来てたの?」


「ああ、来てたよ。卒業式が終わってからさっさと帰っていったけど」


 どうやら俺の卒業祝いの準備をしてくれるらしい。

 高校の卒業式に親が来るのは半々くらいだ。しかし、俺の親は来た。……来てくれた。

 気恥ずかしいが、少しばかり嬉しかったりもする。


「幸成さんも来てたよな?」


「うん。仕事も忙しいからうちもすぐに帰っていったけど、ま、来てくれたね」


 そっけない風に言っている花音だが、嬉しそうだ。

 表情はムスッとしているが、照れているのがはっきりとわかる。

 

「ねえ、颯太くん」


「どうした?」


「久しぶりだし、寄ってかない?」


 そう言って、花音は家の近所の公園に視線を向けた。


 最近は花音の家でまったりとすることが多かったが、最初に花音の悩みを話してくれたのはこの公園だった。

 ここから俺たちの関係が始まったと言っても、ある意味過言ではなかった。


「せっかくだしな」


「せっかくだからね」


 俺たちはそう笑いあいながら、公園に足を運ぶ。


 近くにある自販機で温かいものを買い、ベンチに座った。

 

「颯太くんは、高校生活で何が一番楽しかった?」


 ベンチに座ると、花音は突然口を開いた。


「えぇ……、難しいな。やっぱり一番思い出に残ったのは、修学旅行とか?」


 高校最後の集大成とも言える修学旅行は、一番思い出に新しく、それでいて楽しい思い出だった。

 花音と付き合い始めたのがその日だったというのも大きい。

 どれも楽しい思い出だが、一番楽しかったと言われると修学旅行が第一候補として挙がってくる。


「そっかー。私は普段の学校が一番の思い出かな?」


「それは卑怯じゃないか?」


「そう?」


「範囲広すぎるし」


 普段が楽しかったと言えば、体育祭や文化祭、修学旅行などのイベント以外を指すことになる。

 つまり学校生活の八割九割となるため、その選択肢があるなら俺もそう言っていただろう。


 花音は「それもそっか」と言うと、結局のところは修学旅行が一番だという話で落ち着いた。


 一度話が終着点に着くと、俺たちはお互いに様子を見るように口を閉ざした。

 そして、どちらからということもなく、手が触れ合う。

 ゆっくりとお互いの体温を確かめるように指を絡め合い、重ね合った。


 確認するように花音にゆっくりと視線を向けると、真っすぐに俺を見つめて煌めいている瞳……やや焦げ茶色に輝いていて、大きな瞳に吸い込まれそうになっていた。


 すると、花音はゆっくりと口を開いた。


「……ねえ、颯太くん。もう私、受験終わったよ?」


「……え?」


「結果はまだだけど、試験自体は終わったよ」


 花音はすでに、合否の発表を待つだけとなっている。

 来週頃にはすべてが決定し、どの大学に進学を決めるかは三月の中旬から下旬にかけてとなる。


 しかし、既に合格している大学もあるため、結果待ちの大学に受かっていようが落ちていようが、勉強はもうしなくてもいいのだ。


 つまり、と先延ばしにし、約束をしていたことが可能になったというわけだった。


「そうだな」


「……うん」


「花音……」


「んっ……」


 俺が名前を呼ぶと、花音は目を閉じる。

 待っている体勢で、俺はそんな花音にゆっくりと近づいていった。


 ずいぶんと待たせて、ようやくお互いを確かめ合える。


 ……そう思っていた時、俺の携帯に着信が入った。


「……はあ、なんだよ」


 俺はため息をつき、花音は少しばかり残念そうに眉をひそめている。

 着信など無視をしたくもなったが、気が散ってしまうため手早く話を終わらせようと携帯を確認した。


「母さん?」


 珍しいなと思いながらも、恐る恐る俺は電話に出る。

 恐らく、いつ頃に帰るのかと聞かれるのだろう。


『颯太―、あんた今何してんの?』


 やはり思っていた通りだ。

 急かすような口調に、俺はダルそうに答える。


「花音を送ってってるけど」


『あー、花音ちゃんってあんたの彼女の?』


「そ、そうだけど……」


 親には花音という彼女がいるという話はしていた。

 正確には凪沙が勝手にバラしたのだが、どちらにしても俺に彼女がいるということには驚かれた。


 ただ、親と花音は会っていない。

 気恥ずかしい年頃だということもあり、花音を家に呼ぶときは少なくとも親がいないタイミングを狙っているのだ。


『そうだ、花音ちゃんはこの後に予定あったりするの?』


 チラッと花音の方に視線を向けると、どうやら花音にも声は聞こえていたようで、口パクで『ないよ』と言っている。


「ないみたいだけど……」


『それなら呼んじゃいなさい』


「はあ!?」


『いいじゃない』


 いきなり彼女を親に合わせるというのは、俺としても心の準備ができていない。

 それに、花音も流石に困るだろう……、


「い、行きたい!」


 と思っていたが、花音は身を乗り出して話に食いついてきた。


『さっきの声が花音ちゃん? 来なさい来なさい。今日はお寿司だからいっぱい食べていきなさい!』


「お呼ばれします!」


 気が付けば、花音が母親と二人で話を進めていた。


 こうして、彼女と親の初対面を迎えることになった。

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