第176話 この先生は尊敬できない

「おーい、青木! 藤川! 写真撮ろうぜ!」


「おう。俺たちもちょうど声かけようと思ってたんだ」


「嬉しいこと言ってくれるね。……よし、クラスマッチのメンツで撮るぞ」


 中田と山村の二人と写真を撮ると、須藤も加えた五人で撮る。

 三年生でのクラスマッチは夏も冬もこの五人だった。特に中田と山村とは三年間同じクラスだっただけに、思い出深い。


「卒業しても、また会おうぜ」


「そうだな」


 定型文化かもしれないが、俺たちはそんな約束を交わした。

 この三年間で休日に遊んだことはそう多くはない。それでも虎徹や花音、若葉を除けば一緒にいることの多かった同級生だ。

 また大学でも、長期休暇の時は声をかけてみようと考えている。


「おー、青木と藤川」


 普段のように気だるげだが、スーツを着こなしている辺りはやはり大人なのだと実感する。

 担任の後藤が半笑いで俺たちに声をかけてきた。


「後藤先生、お世話になりました」


「……っした」


「おう、卒業おめでとう」


 変な先生ではあったが、厳しくないこともあって結構好きな先生ではあった。

 距離感が近く、悪い意味で生徒に寄り添っている先生だったからという理由も大きいだろう。


「お前ら、彼女とどこまでいったんだ?」


 ――前言撤回。やはりクズだ。


 ニタニタとした笑いでそんな質問をしてくると、いやらしい意味にしか聞こえてこない。

 その憎たらしい笑顔に殴り飛ばしたくなるが、そんなことをしたら大変なことになるのは考えなくてもわかる。卒業どころか退学なんてあるのだ。


 もちろん、本気でムカついているわけでもない。

 俺たちは……無視をした。


「……あれ? おーい」


 声をかけられても冷たい視線を投げかけるだけだ。


「まあ、正直そこまで興味はないけどな」


「なら何で聞いた」


「生徒とのふれあいだぞ?」


「うっわ。後藤が言うといやらしい……」


「おい藤川、先生に呼び捨てはダメだぞ?」


「そう言うなら最後くらい尊敬のできる先生でいてくれよ……」


 虎徹の会心の一撃だ。

 しかし後藤はノーダメージ。

 後藤は深く息を吸いながら頭を掻くと、改めて俺たちに向き直った。


「……お前らはこれから壁にぶつかるだろう。それは勉強にしても、仕事にしても、友人にしても、恋愛にしても、これからいつかできるかもしれない家庭もな。でも、何か困ったことがあっても、味方はいる。俺もそうだが、お前らもお互いにそうだ。困ったことがあれば、そういうやつに頼ればいい。ダメだと思ったら逃げてもいい。完全にダメになってからだと遅いからな。時には目を逸らしたらいけない時もあるが、すべてに目を逸らしたらいけないなんてこともないんだ」


「先生……」


「頑張りすぎないように頑張ればいいんだ」


 後藤……先生の言葉は俺の胸に深く突き刺さった。

 いつもはだらしないと思っていた人だが、その言葉に感激をしてしまった。

 思わず涙が零れそうになっている。


「まあ、お前らが大人になったら酒でも飲みに行こう。……もちろんお前らの奢りで」


 ――やっぱりクズだな。


 最後の最後まで、後藤は後藤のままだった。

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