第177話 親友の本音
「ふう……、やっと一息つけるなぁ」
「……だな」
「まったく、後藤は相変わらずだよな」
「それはそれで安心できるがな」
周りに生徒が入り乱れている教室や廊下、昇降口を避けて、俺たちは人の少ない場所を求めて中庭の外れまで来ていた。
中庭にはまだ人は多いが、少し離れれば一気に人はいなくなる。遠くから喧騒を眺めつつ、俺たちはベンチに腰を下ろす。
「俺たちも、これで卒業か……」
虎徹は感慨深いようにそう呟いた。
「なんだ? 寂しいのか?」
「……まあな」
その返事に俺は唖然としてしまう。
虎徹がここまで素直になるのは、かなり珍しいことだからだ。
「意外だって思っただろ?」
「そりゃ、虎徹だからな」
「……俺も、寂しいとか悲しいとかあるにはあるんだよ」
「知ってる」
虎徹は感情をあまり表には出さない。
表情にも出さない。
感情を押し殺しているところもあるが、感情表現が得意ではないのだ。
そして、変なところで気にしてしまう癖がある。
だが、今日の虎徹は素直だった。
「俺はさ、颯太と一緒にいることができてよかったと思ってるよ」
普段はそんなことを言わない。
だからこそ、今日という日に言われた直球ど真ん中ストライクな言葉に、胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。
「や、やめろよ……」
「こういう時にしか言えないからな」
俺は無理に笑いながら必死にこみ上げてくるものを抑えようとするが、虎徹はそれを許してはくれなかった。
「俺さ、中学生の頃は若葉しかいなかったから、颯太みたいに自然体の俺を受け入れてくれる男子はいなかったんだ。……もっとも、若葉だって話さない時期もあったけどな」
「そ、そうなのか?」
「ああ……、まあ思春期だから、変に意識をしてしまったんだよ。話さないって言っても、そんなに長くはなかったけどな」
「あー、若葉だしな」
虎徹はフッと笑いながら「そういうことだ」と言っている。
距離感の近い若葉が、ずっと好きだった虎徹と離れることを許してくれるはずもない。
お互いに思春期で気まずい時期はあったのだろうが、若葉にとっては気まずさよりも離れることが耐えがたいことだった。
「中学生の頃は友達って言うと若葉だったけど、今は颯太が一番の友達だと思ってる」
「なんか恥ずいな……。ってか、若葉じゃないのか」
「結局は友情よりも恋愛感情を取ったからな。あいつは友達じゃない。友達みたいで親友みたいで……でもそれ以上の存在だよ」
ある意味、特別視しているのだ。
ただ、俺にはなんとなくその気持ちがわかってしまう。
花音とは親友という関係でいたが、結局今は恋人関係だ。
親友のような恋人という人もいるが、関係自体が恋人という事実は変わらない。
俺にとっても虎徹は友達で親友で、それはそれである意味特別な存在なのだ。
どうあがいたとしても、この関係が変わることはないのだから。
「……俺も虎徹と一緒にいられてよかったよ」
「……そうか」
こう改まって気持ちを伝えてみると、気恥ずかしくなってしまう。
三年間一緒にいて、誰よりも長い時間を過ごしてきた。
それは花音との時間以上だ。
普段は馬鹿みたいなことばかり言っているが、そんな日常が少なくとも変わってしまうことを感慨深いと思っている。
「やっぱ、なんか寂しいな。大学も一緒だったらおもろかったのに」
「……虎徹でもそう考えるのか」
「そりゃな。若葉と一緒にいるために大学は選んだけど、颯太や本宮との時間も大切だ」
「そう思ってもらえるなら嬉しいよ。俺も虎徹と若葉は大切な人だって思ってる。……って、こんなこと言うのやっぱり恥ずいわ」
普段は言えないようなことも、今だから言えてしまう。
……むしろ、今じゃないと言えないことだ。
卒業という一大イベントを迎えて、テンションが変に上がり切っているのだ。
「結局はお互いに何を勉強したいかって話だからな」
「そうだな。……まあ、俺たちはそうでもないけど」
「それを言ったら終わりだ」
花音は教育法面を目指しながら選択肢の増やしたいと考えていて、若葉は大学でもバレーを続けながらスポーツ関係の勉強をしたかった。
それぞれ同じ大学だとしても似通ったことはできるが、目指しているところとはやや違っている。
二人は友達が行くからという理由で、目指している方向から逸れたくなかったのだ。
俺に関しては花音と同じ大学の方がやりたい勉強ができるのと、虎徹は特にこれといったやりたいことがないから若葉と同じ大学を選んだ。
こうやって別々の道を選ぶのは、必然的だった。
「あー、寂しい」
「何回言うんだよ。今日の虎徹きしょいぞ?」
俺は笑いながらそう言うと、虎徹は「うっせぇ」と口角を上げながら返してくる。
「まあ、別の大学でも方角は一緒だから朝一緒になるかもしれないし、帰りに遊んだりもできるから」
「それはそうだな。俺たちが駅数個分遠いくらいだし」
「普通に休みの日に遊ぶのもできるしな」
「ああ、そうだな」
「……何泣いてんだよ」
虎徹は相槌を打ちながら声に覇気がなかった。
不思議に思い顔を見てみると、静かに涙を流していた。
「うっせ。いいだろ今日くらい」
「いいけど、天然記念物並みに珍しいんだよ」
「……溜まってたことが出てきただけだ。俺の三年間分の感情だ」
「逆に三年間分の感情ならしょぼくないか?」
三年間分の感情で静かに涙を流すくらいなら、むしろ無機質すぎるくらいだ。
もっと泣いてくれてもいいと思う。
「とにかくさ、俺たちは大学に行っても……これからも親友だよ。それは変わらない」
「……颯太も大概キモいな」
「うわ、うぜぇ」
虎徹は普段のようなスカした笑いではなく、歯を見せるような
それにつられて、俺も笑ってしまう。
やがてお互いに笑いが止まらず、涙も止まらず、特に何かを話しているわけでもないが、笑いながら泣き合っていた。
三年間、俺と虎徹は一緒に過ごしてきた。
それでも、こんなにも大笑いしたのは、今日が初めてかもしれない。
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