第175話 春風双葉は祝いたい

 卒業式。

 俺たち三年生の胸には一輪の花が咲いている。……と言っても、卒業生がつけることになっている造花だが。


 この学校……桐ヶ崎高校から旅立つ日がやってきた。

 期待と不安、喜びと寂しさを孕み、俺たちは卒業式を迎えた。


 俺たち四人の中で、花音だけは唯一進路が確定していない。来週までには名護大学も城明大学も結果がわかるのだが、何故か俺が不安で胸が押しつぶされそうになる。


 当の本人である花音の表情は晴れやかだ。

 一つは受かっている安心感や、卒業という門出は全力で思い出として残したいらしい。


 そして、卒業式は呆気なく終わった。


 思い出に残そうとふざける生徒もいたが、式の最中に泣きだす生徒や、なんなら最初から泣いている生徒もいた。

 卒業式なら当たり前のように風景に、滞りなく式は進み、いつの間にか終わっていた。


 俺の高校生活はこれで終わったのだ。


「せーんぱい。なに物思いにふけってるんですか?」


「双葉……。それに凪沙も」


 俺は卒業式が終わってみんなが教室に戻る途中、名残惜しいように体育館を眺めていた。

 すると後から退場してきた双葉と凪沙がそこにいた。


 今年の卒業式も去年と同様で、二年生は全員と一年生は一部が出席している。

 女子バスケ部は冬の大会でベスト4に入り、その大会で凪沙は一年生ながら準レギュラーとして活躍した。

 優秀な成績や卒業式への出席を希望したことで凪沙も参加していた。

 そもそも、下級生からすると面倒な卒業式を希望する人は少ないのだから。


「高校性最後の日だからブイブイ言わせたろうとか考えてません?」


「考えてねぇよ。……ってか、ブイブイって今どき言わないぞ」


 今更ながら思い出した。

 バスケ馬鹿な双葉はどこかズレているのだと言うことに。

 俺は変なところに慣れてしまっていたのだろうか。

 この三年……いや、双葉が入学してきてから二年間、元々仲の良かった俺たちの仲は更に深まったと感じている。


「ともあれ、おにい、卒業おめでとう!」


「あ、ちょっと凪沙ちゃん! ずるい!」


「ずるいって、双葉ちゃんが恥ずかしがって全然言わないからでしょ?」


「ぐぬぬ……」


 双葉は時折、素直なのか素直じゃないのかわからないところがある。

 他人だから当然だが、まだ色々とわからないことだらけだった。


「それよりおにい、何してたの? クラスの人たちと写真とか撮らないの?」


「ああ、戻るよ。ちょっと考え事をしててな」


「ふーん」


 聞いておいて興味がなさそうだ。

 実際そんなに大したことでもなかった。


 思ったよりも高校生活が早かった。特に花音と仲良くなってからの一年半近くはあっという間だったと考えていただけだ。


「じゃあ、俺は戻るよ」


 そう言って俺は振り返り、この場を後にしようとする。

 そんな俺の背中に、双葉は投げかけた。


「颯太先輩、ご卒業おめでとうございます」


 いつもとは違う真面目な声色に、俺は思わず振り向いた。

 今にも泣きだしそうに、目じりに涙を溜めている。


 双葉の表情を見ていると、俺もがこみ上げてくる。

 必死に抑えながら、俺は精一杯の笑顔を向けた。


「ありがとう」


 たった一言だけだ。

 これ以上、双葉の顔を見たくない。

 何故なら、堪えきれなくなりそうだから。

 そして、今の俺の顔を見せたくなかったから。

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