第174話 かのんちゃんは我慢できない!

「んー……、ふぅ……」


 二人きりの静かな空間で、ただシャーペンを走らせる音だけが響く。


 俺は時々、そんな花音に様子を見ながら、静かに本を読みふけっていた。




 受験を終えた俺と虎徹、若葉だが、花音だけはまだ続いている。

 国公立の名護大学と、私立の城明大学経営学部の受験が残っていた。

 今は二月中旬で、試験はもうすぐだ。しかし合格発表は三月上旬とまだまだ先だ。

 受験を終えたとしてもなかなか気の休まらない時間が続くため、花音は少しばかり疲弊している。


 ただ、自分が選択肢を広げるために受験する大学を増やしているため、必死になって勉強を続けていた。

 ちなみに俺たち三人は他の大学も受験していたが、本命の大学が受かっているためお気楽モードというわけだ。


「何か飲み物でも入れようか?」


「うーん……、それじゃあ、カフェオレお願いしてもいいかな? 場所わかる?」


「大丈夫大丈夫」


 いつものように俺が花音の家に来ているのだが、付き合い始めてから花音の家に来ることは多く、リビング周りの物はある程度把握していた。

 四人、もしくは三人で集まる時は虎徹や若葉、俺の家もあるが、二人きりの時は基本花音の家だ。親や凪沙がいると色々面倒なのは目に見えているからだった。


 一緒にいるとは言っても、花音は勉強をしていて俺は適当に暇を潰すだけ。たまに花音か詰まった個所は教えたり、一緒に考えたりもするが、俺は邪魔にならないように本を読んでいることが多かった。

 ゲームなんて気の散ることは言語道断だ。


 飲み物を入れて花音に持っていくと、「ありがと」と小さく言ってすぐに問題集に意識は戻る。

 俺も自分の分の飲み物をテーブルに置くと、ソファに腰を下ろした。


「そろそろ休憩してもいいんじゃないか?」


「えー、どうしよう」


「もう二時間もしてるぞ」


「嘘!? どおりで疲れてるなーって思ってたー」


 集中し切っていた花音は時間を忘れていた。休憩の意味も込めて飲み物を入れたが、花音は色々と余裕がなさそうだ。

 気分転換に俺は話し始めた。


「花音はさ、受験終わったら何したい?」


「うーん……、やりたいこと多すぎて難しいなぁ……」


 受験期間は我慢の連続だったこともあって、花音は頭を悩ませている。

 適度に遊んでもいたが、いくつか我慢してきたことはあるのだ。


「颯太くんとキスしたいなー」


「はいはい。全然ムードねぇなぁ……」


「酷い! ずっと我慢してるのに!」


 そんなことを言われると理性が削られるためやめてほしいものだ。

 俺も我慢をしているにはしている。しかし前にも二人で話したが、一度キスをしてしまえばお互いがお互いに溺れてしまうだろう。

 少なくともまだ先の話だ。


「まあ、颯太くんと色々と遊びには行きたいし……、あとはやっぱりゲームだね」


「ゲーム……か」


 嫌なことを思い出させてしまった。

 そう思った時にはもう遅かった。


「私のピッチャマはまだ藤川くんの家にいるんだよ!?」


「夏に封印したやつね」


「本体はもう一台あるから他のゲームとか、携帯ゲームならできるけどさ……。まだ厳選もしてないし、それに……」


 花音は言葉を止めると、テレビ近くにあるゲームを収納している棚に手をかける。

 そんな探している様子は四つん這いで、おしりをこちらに向けてくるものだから俺は慌てて視線を逸らした。

 ぶっちゃけ見たいが、理性が耐え切れない!


「あったあった。……これまだできてないんだよ!」


「あー、最近出たやつね」


「うん! 楽しみだけど、我慢してるんだよ! ……マルゼウスが私を待ってるぜ!」


 楽しそうにそう言う花音の表情は、楽しみな笑顔と我慢している複雑な表情で混雑していた。


 一月下旬に発売したゲームを買っていることは知っていた。

 しかし受験直前ということもあって、やりこむ余裕はない花音は自制していた。今回は虎徹の家に封印せずに済んだわけだ。


「俺も買ってるからさ、受験終わったら一緒にしようか」


「……言ったね?」


 もう少しだけ我慢させるために、『一緒に』ということを強調すると、花音は目を輝かせた。

 それほど楽しみにしているということだが、夜通しぶっ続けでやることになりそうなため、俺は苦笑いをして誤魔化した。

 そんな苦笑いも花音には通用しなさそうだが。


「あと、これとこれとこれも。それにアニメとラノベも読むんだから」


 まるで用意していたかのように、花音は色々と出してくる。

 少なくとも一日で終わるような量ではなく、すべてやるにはぶっ続けでも一週間くらいはかかりそうだ。

 ……むしろ一週間でやり切れればいいのではないかというくらいだ。


 俺はそんな受験後のことを考えて震えながらも、実は少しだけ楽しみでもあった。

 花音の笑顔を見ていると、どうも俺は弱いらしい。


 俺は楽しそうにしている花音のことが好きで、花音の笑顔が大好きなのだから。

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