第171話 青木颯太は使いたい

 やばい。やばいやばいやばいやばい。


「颯太くん、大丈夫……?」


「あ、ああ……、吐きそうなくらい気持ち悪くて腹が痛いこと以外は大丈夫」


「それ、大丈夫じゃないよね!?」




 受験本番……とは言っても、まだ第一関門となる共通テストの日が訪れた。

 今日の結果が加味されるが、別に一度ある大学特有のテストとの結果と合わせて合格が決定する。

 つまり、今日の結果が多少悪くても、挽回の余地はあるのだ。


 しかし、俺は緊張のあまり吐きそうになっていた。


「颯太……、本当に大丈夫?」


「大丈夫、大丈夫……」


「颯太くん、何かあったら試験監督に言うんだよ?」


「ああ、わかってる……」


「……颯太、健闘を祈る」


「虎徹こそな……」


 共通テストはみんなが同じ場所で受ける。

 県内にある大学が会場となっており、県内の高校生が一斉に集まる。そのため俺たちも同じ場所だが、それぞれ別の部屋で受ける。

 学校によって固められているわけではなく、むしろ分散して部屋が決められていた。


 そして会場となる大学は、美咲先輩が通っている大学だった。

 もしかしたら美咲先輩が使った席で試験を受けられるかもしれない。そう思うと力をもらえている気もしていた。


 ……ただ、それで緊張が解けるというわけでもない。


 俺たちはそれぞれ割り当てられた部屋に入り、席に着く。

 俺は部屋の真ん中あたりで、人に囲まれるような位置だ。


「これは……やばいな」


 全員がテストに向けて気を張っている。

 ピリピリとした空気感が、更に俺の緊張を刺激した。


 そうこうしているうちに試験が始まろうとする。

 俺は準備してあった筆箱の中から筆記用具だけを急いで取り出す。


 注意事項の説明や問題の配布があってから、試験が始まった。




 俺は現代社会と世界史Aを選択していたため、その受験だ。

 社会科目の中でも得意な教科で、そこそこの点数は望める。

 しかし、俺はそれどころではなかった。


 ――やばい、何もわからない。


 緊張で頭の中が真っ白になっており、問題文が頭に入ってこない。

 問題文がわからなければ、当然問題も解けるはずがなかった。


 俺は少し前に受けた模試ではB判定だった。

 それでも受かる確率はそこそこで、順調に学力が上がっていれば受かること自体は不思議ではない。

 ただ、今の状態ではそんなことは意味をなさない。

 本番で力を発揮できなければ意味はないのだ。


 ――ここまでやったのに、これで終わるのか……?


 まだ受験のチャンスはある。

 しかし、もう後がない試験にもなるため、更にプレッシャーのかかる状況になってしまう。

 ここでこのまま終わってしまえば、恐らく次も無理だ。


 嫌なことばかり考えてしまい、頭の中がぐるぐると回る。


 そんな時、俺の手に一つの筆記用具が触れた。


 ――これは、花音からもらったシャーペン……?


 俺は思い出した。

 今日はマーク式のため鉛筆を用意していたが、御守り代わりにと考えて花音からもらったシャーペンを筆箱の中に忍ばせていたのだ。

 それを間違えて机に出してしまっていた。


 このシャーペンは受験勉強の時によく使っていた。

 使いやすいこともあるが、花音からもらったということもあって気に入っているシャーペンだ。


 俺は無意識のうちにシャーペンを手に取った。


 使うわけではない。ただ、力を分けてほしかった。


 ――よし。


 鉛筆に持ち替えた俺は、試験に意識を戻す。


 いつの間にか緊張は、どこかに消えてなくなっていた。




 昼食をはさみながら今日の日程を終える。

 また明日にも試験はあるが、今日のところはこれで終わりだ。

 俺は待ち合わせ場所として決めていた、会場を出て少し歩いたところに向かった。

 そこにはすでに花音が待っていた。


「颯太くん、お疲れ様」


「花音もお疲れ」


「テストどうだった?」


「……結構できたかも。花音の方は?」


「私もまあまあかな?」


 お互いに出来は上々らしい。

 それも、花音のおかげだった。


「花音からもらったシャーペンに助けられたよ」


「シャーペンって言うと……、夏くらいにあげた、いつも使ってるやつ?」


「そう。御守り代わりに持っていったんだけど、おかげで緊張が解けたんだ」


 言っておいて照れくささが出てきた俺は、頬を掻きながらそっぽを向く。

 そんな俺を見て、花音はおもちゃを見つけたような顔をする。

 これも久しぶりのことだ。


「颯太くんって、シャーペンで私を思い出すくらい好きなんだね」


「……好きだよ」


 俺は素直にそう返すと、花音の方が赤くなる。

 からかうために言ってきたのはわかっていた。仕返しのつもりでもない。

 ただ、正直な気持ちを伝えただけだった。


「そ、そうなんだ。……ふーん」


 花音は照れてそっぽを向きながらも、どこか嬉しそうな表情をしていた。


「二人とも、お疲れ様ー!」


「お疲れ」


 そんなやりとりをしていると、若葉と虎徹もやってきた。


 花音は照れたままだが、俺たちは試験の話をしながら帰宅するために駅に向かっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る