第169話 かのんちゃんはお呼びでない
「……花音、青木君、久しぶりだな」
「お父さん……」
「ゆ、幸成さん。お久しぶりです」
花音は頭を抱えながらため息をついている。
俺はまだ二度目のため緊張が抜け切れるわけもなかった。
連絡先は交換しており、たまに花音の様子を聞かれることはある。ただ、直接会うのとメッセージはまた別問題だ。
「それと……、君たちが花音の友達か?」
「はいっ!」
若葉は元気よく返事をし、虎徹は黙ったまま頷いた。
急に……、しかも女友達の父親ということもあって緊張しているのだろう。
「それでお父さん、なんで来たんですか……?」
「約束していたからだろう? 今日はここに来ると話していたじゃないか」
「それはそうですけど……、時間ももっと後でしたよね?」
「ああ。……ただ、時間が空いたからな」
「友達来てるのに……」
どうやら話を聞くと、幸成さんは元々夕方にはこの家に来る予定だったらしい。
そのことをすっかり忘れていた花音は俺たちを呼んでいた。
ただ、幸成さんも幸成さんで、予定の時間より早い昼過ぎに来た……ということだった。
「そうだな。……電話でも言ったが、夕食のことは日は改めるとするよ」
「それならそれで、なんで来たの……」
「お世話になっている友達に挨拶でも、とな」
幸成さんはそう言いながら、白い箱……ケーキ屋の箱を見せた。
「あっ! それってもしかして隣の駅の……」
「そうだな。高校生に人気だと聞いたが、……違ったか?」
幸成さんはそう言いながら目線を逸らしている。
流石は親子というのか、その姿は花音と重なった。
たった一日とはいえ、幸成さんとは本音で話したつもりだ。
だからこそわかるのが、『娘の友達に喜んでもらいたい』といったところだろう。
「お父さん……。わざわざ調べて……?」
「……そういうわけじゃない。たまたま近くを通ったからだ」
「でも、隣の駅のケーキ屋なんて、寄らないですよね?」
花音が指摘をすると、幸成さんは固まった。
「職場だってもう少し遠くて逆方向ですし、基本車ですよね?」
「……仕事で出先にいたんだ」
「さっきの電話の時、全然違う場所にいたような……」
無自覚に問い詰める花音に、幸成さんは口籠もっている。
わざわざ買ってきたということを知られるのが恥ずかしいのだ。
「……とにかくだ。これはみんなで食べてくれ。私はもう帰るとする」
「はあ……」
これ以上、問い詰められたくない幸成さんは話を切り上げる。
納得していないのか、花音は
「じゃあ、青木君。また会おう」
「はっ、はい」
「君たちも、花音のことをこれからもよろしく」
「わかりました!」
「……はい」
ケーキだけ花音に押し付けると、幸成さんは家から出ていった。
……何と言うか、
「ちょっと悪いことしちゃったかな。……夜はご飯行く予定だったのに追い返しちゃったし」
「それは……、まあ……」
その話を聞き、幸成さんが少しばかり寂しそうにしている意味がよくわかった。
せっかくの娘との時間が無くなってしまったのだから。
しかも、忘れられていたのだ。
ただ、こうしてケーキを買ってきて、娘の友人をもてなそうとしている。
寂しさと同時に、娘に友人がいるということが嬉しかったところもあるだろう。
すぐに日を改めると言ったのは、その嬉しさが勝ったから……だと俺は思っている。
「とりあえず、お礼の連絡は入れるとして……食べよっか?」
花音はそう言って箱を開けると、中にはケーキが四つ入っている。
「……あれ、四人って言ったっけな?」
「言ってなかったんだ?」
「少なくとも今日は言ってないかな。……だいぶ前には言った気がするけどさ」
「それを覚えていたってことじゃないか?」
だいぶ前……というのがいつの話かわからないが、花音の曖昧な反応から見るに言ったかどうか忘れてしまうほど前のことなのだろう。
そんな些細なことを覚えていてくれたことに、花音は少しだけ嬉しそうな表情を浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます