第169.5話 かのんちゃんは豆撒きたい!

※注意書き

本編よりも少し前の時系列です。話数では169話と170話の間になります。


〜〜〜


「んっ……、あっ……」


 静かな一室で、そんななまめかしい声が聞こえる。

 思春期の俺にとって変な気分になってしまうような声と絵面だったが、俺は暴走しそうになる理性を必死に抑えていた。


 何故だろうか。

 ……恵方巻を頬張る花音を見るだけで、こんなにもそそられるのは。


「むぐむぐ……。颯太くん、どうかした?」


「……なんでも」


「そう? なんか顔赤い気がするんだけど、熱とか?」


「それはないから大丈夫」


 ある意味熱っぽいが、そのことは口には出さない。……出せるはずもない。

 俺が変なことを妄想してしまっていることがバレてしまう。


 その妄想すら、悪いことなのだろうか。

 ――否、可愛い花音が悪い。


 俺は心の中で、そんな責任転嫁をしていた。




 今日は節分の日。

 恵方巻を食べる方角を忘れたどころか、節分ということすら忘れてしまっていた。

 それもそのはず、受験のことで頭がいっぱいになっていたからだ。


 珍しく家で勉強をしていると、花音から突然電話がかかってきた。


「豆が……、撒きたい……!」


 最初は何のことかわからなかったため、「う、うん。撒けば?」と適当な返事をしていたが、話をしているうちに今日が節分ということをようやく思い出したのだ。


 そして俺は花音と近くのスーパーで待ち合わせをし、恵方巻と鬼のお面付きの豆を買ってから花音の家に向かった。

 自分の家に帰れば恵方巻は用意されているが、それは夜食行きでいいだろう。


 昼から夕方にかけては二人で勉強をし、夕食時のいい時間になってから俺たちは恵方巻を食べる。

 付き合ってかれこれ四ヶ月近くになるが、受験もあって恋人らしいことはできるだけ避けてきた。

 その弊害もあってか、今の花音の姿を見ると理性が吹き飛びそうになってしまう。

 ――いや、それはいつものことか。


「やっぱり巻きずしには温かい緑茶に、茶わん蒸しとお吸い物だよね。……味噌汁も最高だけど!」


「若者の発言じゃない気がするんだが」


 花音の言う組み合わせが最高なことには同意するが、普通なら映える食べ物や飲み物の話になるだろう。

 よく考えると、花音は映えるということを気にしたことがない気がする。女子高生のほとんどがやっていると言われるSNSをしている様子はなかった。


「……私って、おばあちゃんっぽい?」


「んー……、ノーコメント」


「それ、思ってなかったら即答できるよね」


 沈黙は肯定なり。

 若干思ってしまったことは否めない。


「でも、花音は可愛いおばあちゃんになるよ」


「……ふーん」


 花音は自分で言っておきながらも、少し不満そうだ。

 そのため、俺はフォローのつもりもありながら、本当に思っていることを口にした。


「おじいちゃんおばあちゃんになるまで一緒にいたいよ。花音と一緒にいるのは、いつになっても飽きないからな」


「ふ、ふーん……」


 似たような言葉だが、明らかに意味が違う。

 花音は照れたように耳を赤くし、俺の方をチラチラと見てくる。


 そのことに気がついてはいるが、俺は素知らぬフリをして手を合わせた。


「ごちそうさま」


「ご、ごちそうさまでした」


 俺につられるように、花音も慌てて手を合わせる。


「来年は自分たちで材料でも買って作ってみるのもいいかもな」


「う、うん……。来年、ね?」


 本心だが、普段は気恥ずかしくて言えないようなことを俺は口にする。

 たまにでも伝えることで、花音に気持ちを表現したかったから。……という理由もあるが、こう言っておけば話を逸らせるからという策略もあった。


 花音は『来年』という言葉に反応し、嬉しそうに反芻はんすうしている。


「てか、そろそろいいんじゃない?」


「な、なにが!?」


「え? っと……豆撒きだけど」


「あ、ああー、うん。そっちね。うん、そうだね」


 何故か花音はわかりやすく動揺している。


「そっちって、それ以外何があるんだよ」


「な、ナニってわかってるくせに! 颯太くんのえっち!」


 意味深な反応を見てなんとなく察したが、別にわかっていて言ったわけではない。

 むしろわからなかったから聞いたのだが、花音は「この、言わせたがりっ!」と頬を膨らませている。

 まったくもって心外だ。俺は毛頭もそんなつもりはなかった。

 受験で溜まりに溜まった花音の頭の中がピンク色に染まっているだけだ。


 どうせ誤解は解けないし、解けても解けなくてもさほど問題はない。

 俺は面白そうだと思い、花音の勘違いに乗っておく。


「なあ、花音はどうしたいの?」


「な、何が!?」


「何って……ほら」


「な、何のこと!?」


 意味ありげに笑いかけると、ヒートアップした花音の顔は火が噴き出しそうなほど顔が真っ赤になっている。

 完全に理解している顔だった。


「わかってる顔してるじゃん」


 俺はそう言いながら花音に近づく。

 流石に超えてはいけない一線は理解しているため、ひとしきりからかってから止めようと思っていた。


 しかし、俺に向かって無数の粒が飛んできた。


「鬼は外! 鬼は外! 颯太くんの魔人!」


「ちょっ、痛っ! 魔人って何だよ!」


「えっち!」


 本来の用途とはまったく違う使い方だ。

 俺に向かって飛んでくる無数の豆は、地味に攻撃力が高い。


「冗談! 冗談だから!」


「じじょ、冗談!? 私に興味ないって言うの!?」


「どっちなんだよ!?」


 誤解を解かなくても問題はないと思っていたが、問題は大ありだったようだ。


 投げつけられている無数の豆を甘んじて受けつつ、攻撃が終わってからようやく誤解が解けた。

 花音曰く、「邪気が外に行ったから正気を取り戻したんだね!」とのことだが、邪気まみれなのは花音の方だ。

 むしろ邪気というよりも煩悩だらけだった。


 俺は数個の豆を花音にぶつけ、合格祈願のために煩悩を払っておいた。

 ……効果があるのかわからないが。

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