第167話 かのんちゃんは呼びたい!
「颯太くん、藤川くん、若葉ちゃん、おはよう」
「あぁ、花音。おは――」
「かのんちゃんおはよー!」
俺の声は若葉によってかき消された。
虎徹はマイペースに「はよー」と言っている。
「あれ、若葉ちゃん……そっか、もう引退したから朝も一緒なんだね」
「そうなんだよね。朝練ないし、なんか違和感」
冬休みが明けて最初の日、若葉は俺と虎徹と一緒に登校すると、校門付近で偶然居合せた花音とも合流した。
今までも若葉の部活が休みの時は一緒だったが、それほど数も多くない。
しかし、部活を引退した今では、こうして登校する機会は増えるだろう。
女子バレー部は年明けの一月上旬に全国大会があり、二回戦敗退。その時になりようやく引退となった。
泣いても笑っても最後の大会で、若葉も最初は悔しがっていたが今では気持ちを受験に切り替えている。
……切り替えなくてはいけなかった。
共通テストがあと一週間後に迫っているのだから。
「引退して今から受験本腰! ……って言っても時間ないんだけどね。普段から勉強しといてよかったよ」
「そうだねー。颯太くんみたいにほぼ一年でやるのって無理だし」
「……おい花音。何で俺を引き合いに出した?」
「大丈夫。半分は褒めてるから」
「もう半分は?」
恐らく……いや、確実にバカだと思われているのだろう。
赤点常連だった俺だが、今では中の上から上の下くらいの成績まで上がっている。
正直、無理をした自覚もあった。
「無茶して体調崩さないでね?」
「フラグ建てないで?」
「あからさますぎて逆にフラグも立たないよ」
……だと良いのだが。
俺たちはふざけた会話をしながら教室を覗き込む。
そこには冗談なんて言えないような雰囲気が漂っていた。
「みんなピリピリしてるね」
若葉は小さな声で言う。
共通テストに向けて勉強する人がほとんどだ。
すでに推薦などで進路が決まっている人もいるが、二学期待つ頃から三年生は自由登校になっている。
教室で静かに勉強をしているか、他のところで勉強する、もしくはサボりで来ていないかのどれかだ。
俺たちは勉強をするために来たのだが、どうも教室の居心地が悪い。
よく花音に言い寄っていた隣のクラスの小林なんかは、早い段階で進路が決まっているのだが、自慢げに話しながら教室でバカ騒ぎをするものだからクラス中にバッシングを受けていた。
それほどまでにみんな切羽詰まっているのだ。
「勉強教え合うとかしにくいねー」
「受験って団体戦とかいうけど、最終的に落ちてたら笑えないからな」
滑り止めに受かっていれば、難は逃れるだろう。
しかし滑り止めに受かっていたとしても第一志望に行きたい人や、そもそも進路が決まらなければ浪人……一年後に再受験となるのだ。
「別のところで勉強するかなぁー」
「完全に無駄足だったな」
学校に来たはいいものの、まともに勉強をできる環境ではない。
冬休み前はまだ比較的和やかな空気もあったのだが、今はそんな状況ではなかった。
「……それならさ、うちで勉強する?」
「えっ、いいの!?」
「う、うん……」
花音の提案に若葉は食いついた。
今まで俺以外は花音の家に入ったことはない。
言ってしまえば貴重な機会なのだ。
「行きたい行きたい!」
「で、でも、勉強するためだよ?」
「もちろん!」
本当にこのテンションで勉強ができるのか。
そんな不安もありながらも、俺たちは場所を変えるべく、学校を後にした。
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