第165話 もう一つのクリスマス

「虎徹ー! クリスマスプレゼントちょうだい!」


「唐突すぎるな……。しかもがめつい」


「えー、だってクリスマスだよ?」


「はあ……」


 幼馴染で彼女。そんな若葉が朝っぱらから部屋に突入してきたと思ったら、いきなりプレゼントを要求された。

 今日はこれから出かける予定だが、まだ予定の二時間も前だ。俺は若葉の声によって起こされていた。


 若葉は出かけるということもあって、いつもより気合が入っている。

 メイクもいつもと少し違い、服装もおろしたてなのか見たことがない。


 そんな若葉にドキッとさせられるが、俺は表情に出さないようにした。

 特別なこの日に甘い言葉なんて言ったら、俺自身が気持ちを抑えることができないだろうから。


「それで、プレゼントは?」


「……ねぇよ」


「うっそだー」


「なんであると思った?」


「……だって、かのんちゃんと選びに行ったでしょ?」


 その言葉に俺の周りの空気が凍った気がした。

 若葉は朗らかに言っているが、何故かその声色に恐怖を覚えた。怒っている様子はないのだが、俺はまるで浮気がバレたような気分になる。もちろん浮気などしていないが、せめて渡すまではバレたくなかった。

 ――気恥ずかしいから。


「……なんでわかった?」


「だって、二人とも様子がおかしかったし、颯太も二人に適当な理由で断られたって言ってたからそうかなって」


「あいつ……」


 颯太が悪いわけではないが、無性に殴り飛ばしたくなった。

 いや、俺の方から本宮を誘っているため、現況を辿れば俺なのだが。


「仕返しに、私らも一緒に買いに行ったよ」


「仕返しって……」


 お返しの方が言葉的にしっくり気がするが、この際どちらでもいい。


 もうバレてしまったのなら、これ以上引っ張る必要もなかった。

 ……が、まだ少しだけ待たせよう。


「髪もやばいし、服も着替えたいんだが」


「そうだね」


「……だから一回部屋から出てくれ」


「えっ?」


「えっ?」


 今から着替えると言っているのに、部屋から出ることに疑問を持たれるとは思わなかった。


「気にしないよ?」


「俺が気にするんだが」


「いいじゃんいいじゃん。小さい頃なんているも見てたわけだし」


「それは小さい頃のことだろ……。って、おい!」


「待ってるから早めにねー」


「リビングで母さんと話してろ! 布団に入るな!」


「えー」


「それに、俺が遅れてるみたいな感じだけど、まだ早いからな?」


「だって、早く会いたかったんだもん」


 若葉は率直に思ったことを言っているだけだ。それでも嬉しく思ってしまう言葉に、俺は表情を必死に抑えた。


「頼むから一回出てくれ」


「……はーい」


 不貞腐れたような表情で、若葉は渋々部屋から出ていった。


 それにしても、いつもとは違う部分……特にネイルをしていたことに俺は心が揺さぶられた。

 ネイル自体はシンプルま薄めの方が好きだが、若葉は俺の好みとは少し違う濃い目の色だった。

 それでも嬉しく思うのは、今日のためにわざわざネイルをしたからだ。普段は部活のある若葉は、明日には落とさないといけないはずだから。


 予定よりも早いといえ、早めに準備をしよう。

 そう思って俺は服を一枚脱ぐと、再びドアが開かれた。


「お母さん、お父さんともうすぐ出かけるってさー」


「入ってくんな」


 理由は納得だが、ノックもなしに着替え中に入ってこられると、流石に困る。

 俺は仕方なく服を持って風呂場の脱衣所で着替えることになった。


 それからプレゼントのリップを渡し、プレゼントとしてネックレスをもらった。


 そして俺たちは雑踏の賑わうクリスマスの街に繰り出していった。

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