第164.5話 青木颯太は選びたい

「颯太ー、お待たせー」


「大丈夫。適当に暇つぶしてたから」


「そっかそっか。……ってかこういう時って今来たところって言うところじゃない!?」


「前にも誰かとそんな話したな……。約束の時間に遅れてきた人に『今来たところ』って、『お前も遅れてきてるやんけ!』ってなるだろ?」


「……まあ、確かに。考えたことなかったけど」


「俺的には時間潰してたから問題ないって伝えた方がいいかなって」


「それはそうなのかも? そもそも『今来たところ』って言うのって建前だと思うから、そこまで気にしないと思うんだけどな……」


「ネットだと細かかったりするからな」


 俺もそういう待ってないアピールが通じるのであれば、適当な定型文を使っているだろう。

 ただ、遅れてきた人に今来たと言うと遅れてきたと捉えられるということも聞くため、俺は時間を潰していたアピールをすることにしていた。

 ……持ってきていた単語帳で勉強をしていたため、割と有意義な時間だった。


「そもそも、若葉が遅れてきたのって部活だろ? しょうがないからな」


「まあね。……しょうがなくても、私がそれをしょうがないって言うのは違うからさ」


「それは確かに」


 遅れてきた人が遅れたことの正当性を主張して、悪びれることがないというのはまた違った話だ。

 例えるなら、お客様自身が『お客様は神様だ』と言うようなものだ。


「とりあえず行くか?」


「そうだね。行こっか!」


 こうして俺と若葉は、二人で街に繰り出した。




「しかし、何買おうかな……」


「目星はつけてないの?」


「まったく。若葉は?」


「私も全然」


 俺と若葉はそれぞれ花音と虎徹に渡すクリスマスプレゼントを選びに来ていた。

 向こうも向こうで二人で買いに行っている様子のため、俺たちも俺たちで意見交換をしつつ選ぶことにした。


 ただ、お互いに何を買おうかと悩んでいた。


「ネックレスとかありだよね。虎徹にしてもかのんちゃんにしてもだけど」


「ああ……、もう誕生日プレゼントとして用意したんだよな」


「あー……」


 流石に誕生日プレゼントとしてネックレスをあげた直後にネックレスを渡しても、複雑な気持ちになるだけだ。

 例えば別の人からのプレゼントならいいし、もらう本人が二種類のネックレスを欲しがっていればいいかもしれない。だが、今回の場合は俺自身で考えて選ぶプレゼントだ。花音が欲しいものはわからない。


「俺は他のものにするけど、若葉はネックレスでもいいかもな」


「そうだねー。第一候補かな?」


 若葉の方はすんなりと候補が挙がる。


 その後も適当に店を見て回っていると徐々に候補が挙がっていくが、若葉は最終的にネックレスに決めた。


「なんか、先に決めちゃってごめんね?」


「いや、大丈夫。それに若葉の方がすんなり決まったから、俺の方に時間を割けるからな」


「いつまでも付き合うよー! いつまでもは無理だけど!」


「言葉の撤回が早いな……」


「閉店時間あるし! それに帰ってご飯食べたいから!」


「ああ、そう……」


 時間を割けるとは言ったが、あまり長引かせるつもりはない。

 それに、若葉が用意するプレゼントを探す間、俺もただ着いていっただけではなかった。


「香水とか化粧品とかはどうかなって考えてるんだけど、若葉的にはどう?」


「ありだね! ……ただ、香水は難しいかも」


「そうなのか?」


「好みの問題だからね。大体の好みでもわかってたら選べなくはないけど、正直結構難しいと思う」


「なるほどな……」


 確かに好みではない香水を渡されても、使い方に困るかもしれない。


「……あれ? それなら去年って若葉も花音にあげてなかったか? それに、化粧品も似たようなもんじゃないか?」


「あー……。私の場合は少ない量のが数種類入ってるやつだから、お試し気分で楽しめるかなって思って。そういうのでもいいけど、逆にそれなら去年の私のプレゼントと被っちゃうね」


「それは避けたいところだな……」


 そこまで細かく気にしないかもしれないが、初めてのクリスマスは特別なものにしたい。

 お試しのように気軽に買うものよりも、思い出に残るものを一つ選びたかった。


「それで化粧品はだけど、リップくらいならいいんじゃないかなって」


「リップって言うと……、口紅とかグロスとかそういうやつ?」


「そうそう。わかるんだ」


「凪沙がいるからな。聞いたことあるだけでどういうものかはわからない」


「なるほどね」


 特別女子のことがわかるわけではないが、凪沙がいることで何も知らない男子よりは知っていることも多い。

 そもそも、自分で化粧をする機会が少ない男子にとって、化粧品はプレゼントのために調べて初めて知ることも多いだろう。俺も裏を返せば、凪沙という妹がいなければ知ることになるのは当分先だったかもしれない。


「とりあえず、かのんちゃんが使ってるのはティントってやつだから、そこから選べば問題ないかな」


「おっけ。ありがと」


「色とかは派手すぎたり濃すぎたりすると好みがあると思うけど、颯太があげるプレゼントだから颯太がいいと思ったものでいいと思う」


 実質、俺の好みで選ぶようなものだ。

 花音の好み……と言うよりも、つけてくるリップはいつも薄めのものが多い。俺の好みも同じなため、大外れすることはないだろう。

 ただ、似たような色を渡すことにもなるため難しい。


 それでも俺は、もしかしたら持っているかもしれない色でも好みの色を選ぶ。

 ――それを花音につけてほしいから。


「これにする」


「そっか。……うん、ティントだし使えるからいいんじゃない?」


「ああ。ありがとう」


「どういたしまして。こちらこそありがと!」


 正解なんてわからない。

 本人に選んでもらえれば間違いはないが、俺自身で選びたかった。


 そして密かに、リップに名前を入れてもらう。

 少しでも特別なものにしたいから。

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