第164話 青木颯太は祝いたい
「へへへ……」
「よかったな」
「うん! めちゃくちゃ嬉しい!」
十二月二十五日。クリスマス当日で、彼女である花音の誕生日だ。
俺はこの日、午前中から花音の家に来ていた。
本当なら花音の家ではなく俺の家で事前に準備していた方が良かったのかもしれないが、俺の家には親がいる。
当たり前と言えば当たり前のことだが、普段は仕事で家にいない親がいるため、流石に彼女を連れていくのは難しかった。
普段なら家にいる凪沙は逆に家にはいない。全国大会のために東京に行っている。
女子バスケ部は今年も見事全国大会に進出し、今も勝ち進んでいた。
このまま優勝……とは簡単に言えないが、チャンスはある。俺は直接会場に応援に行くことはできないが、密かに応援していた。
そして花音は昨日の誕生日パーティーの際に虎徹と若葉からもらったプレゼントを眺めている。
プレゼントは二匹の猫が仲睦まじく身を寄せ合っている置物と、ここ一年近くの思い出が詰まったアルバムだ。二人で置物を選び、二人でアルバムを作ったらしい。
俺はまだ花音にプレゼントを渡していない。
誕生日当日の今日に渡すと決めていたたため、前日の昨日の時点では渡さなかったのだ。
まずは花音と二人でまったりと映画を見たり、ゲームをしたりする。
花音が用意してくれた昼ご飯を食べ、ソファでまったりしているところで俺は切り出した。
「渡したいものがあるんだけどさ」
俺がそう言うと、花音は『待ってました!』と言わんばかりに目を輝かせている。
朝についてからすぐでも良かったのかもしれないが、すぐに和やかな雰囲気になったためタイミングがわからなかった。
花音自身から言い出すわけにもいかず、様子を窺っていたのだろう。
「目、つむってて」
「うん!」
花音がゆっくりと目をつむると、俺はプレゼントをそっと取り出すと花音に近づいた。
目をつむった花音を少しだけ見るつもりだったが、長いまつ毛や綺麗な鼻筋、艶やかな唇に見惚れてしまう。花音とはできる限り会っているため見慣れていてもおかしくないはずだが、なかなか慣れる気配はない。
「まだ―?」
「も、もうちょっと」
しばらく無言のままで何もしなかった。花音の不思議そうな声でふと我に返る。
俺は背後に回った。
プレゼントを渡す前に花音の背中が無性に愛おしくなり、軽く抱きしめる。
「ひゃっ! な、なに?」
「なんとなく」
「もうっ!」
驚いた花音の声に笑っていると、花音は不貞腐れたような声を出す。
俺はようやくプレゼントを渡す。
細い花音の首筋。プレゼントは花音の胸元で輝いていた。
「いいよ」
俺がそう言うと花音は目を開け、自分の胸元に視線を落とした。
「ネックレスだぁ……!」
「花音に似合いそうだと思って」
一目見た時、花音に似合うと直感した。
ネックレスは花柄……『花』音だからと安直な考えだが、派手過ぎずに花音が引き立つようなデザインだ。真ん中には一粒の宝石が光っている。
ハートも似合うと思ったが、女性は意外とハート形のネックレスを好まないという話を聞いたことがあった。
人によるとは思うが、どちらにしても花音のイメージに合った花柄の方がいいと俺は思っていた。
「ありがとう!」
背後にいる俺に、花音はもたれかかって体重を預ける。花音が上を向けば、ちょうど俺の顔の真下にくる。
花音は満面の笑みを浮かべていた。
そのままキスをしたい衝動にも駆られるが、俺は天井を見上げて冷静さを取り戻そうとした。
「そうだ! 私も渡したいものあるんだ!」
花音は俺から離れると、部屋にリビングを離れて自室に戻っていく。
少しの間はあったが、すぐに戻って来た。
「これ、どうぞ! クリスマスプレゼントだよ」
花音の誕生日でもあるが、今日はクリスマスでもある。
昨日の四人でのクリスマスパーティーの際にもプレゼント交換はしたが、あくまでも四人での話だ。
俺と花音の二人きりではまだプレゼントは渡していなかった。
「ありがと」
「開けて開けて」
急かされながら俺はプレゼントを開ける。
花音からのプレゼントは、普段使いできるポーチだった。
「おおっ……、いいな」
「でしょ? それに颯太くんのイメージで青色も入ってるんだ」
基本黒だが、青も入ったシンプルだがシンプル過ぎないデザインとなっている。革のような素材でカッコよさもある。
今もポーチは持っているのだが、中学生の頃に適当に買った真っ黒なのポーチだ。デザインも今の俺が使うには中学生感が溢れているため、最近はあまり使わないようにしていた。
花音にもらったポーチであれば違和感もないだろう。
「じゃあ、俺からも」
「えっ?」
俺は持ってきていたカバンからもう一つのプレゼントを取り出す。
誕生日プレゼントはあげたが、クリスマスプレゼントはまだあげていなかった。
プレゼントは小さい紙袋に入っており、その中には小包が入っている。
「開けていい?」
「どうぞ」
花音は嬉しそうにしながら、小包を開ける。
「リップ……? しかも名前入りだ……」
「ああ。色は俺の好みだけど、使えるやつだと思う」
リップはリップでも、口紅と呼んだ方がわかりやすいだろうか。
正直種類なんて色々とある。口紅、グロス、ティント、ルージュ。
凪沙も化粧をするため存在は知っていたが、花音がどういうものを使っているのかは
「ティントって、私が使ってるやつだ……。なんでわかったの?」
「まあ、言っちゃうと若葉だな」
「なるほど」
俺は花音へのクリスマスプレゼントを選ぶため、若葉と一緒に選びに行った。
その際に色々と見て回った結果、リップに行き着いた。
「流石は親友。考えることは一緒だね」
「……やっぱりか」
「多分お察しの通りだよ」
プレゼントを選ぶのは悩んで選んだものが良いと聞くため、本当は一人で選ぼうと考えていた。そんな時にプレゼント選びに誘ってきたのは若葉の方だった。
花音と虎徹も、俺と若葉のプレゼントを二人で選びに行っていたのだ。それもあり、若葉はこちらも一緒に選ぼうということになった。
そして花音の言葉から察するに、虎徹も若葉へのプレゼントはリップなのだろう。
「まさか二人が一緒に行ってるなんてね」
「俺は何となく、花音と虎徹が一緒に選んでる気がしてたけどな」
「そうなの?」
「その日だけ花音と虎徹を虎徹を誘っても断られたし、理由も濁してたからな。虎徹は気分次第だけど、花音って断る時は理由言うだろ?」
「バレてたかー」
特に理由がなければ断ってはいけないなんて約束はしていないが、花音は律儀に理由を言う。
そして二人とも理由も言わずに断ってきたため、察してはいた。
それは若葉も同様で、二人が一緒に選ぶなら自分たちも……という流れになった。
気付いたのは緒全だったため、俺と若葉、花音と虎徹がプレゼントを選びに行った日は別の日だが。
「一応言っとくけど、ティント使ってるって教えてもらっただけで他は自分で選んだよ」
「私も。藤川くんが『あいつはクソダサいポーチしか持ってない』って言ってたから」
「なるほどな。……てか、クソダサは余計だ」
――虎徹からもそう思われていたのか。
少しずつ勉強はしているが、まだまだファッションのことは疎い。
俺は少しでも身なりに気を付けようと改めて思い直した。
少なくとも、花音の隣に堂々と立てるように。
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