第161話 綾瀬碧は近づきたい

「おや? 青木くんとかのんちゃん?」


「あ、綾瀬……」


 俺と花音は帰宅しようと校門に向かうと、綾瀬がいた。

 花音は一瞬顔をしかめたものの、すぐ表情は戻る。


「綾瀬さんって颯太くんと方向一緒だっけ?」


「え? あ、うん。途中までだけど」


「そうなんだ。じゃあ私こっちだから」


 そう言って花音は自分の家の方に向かう。


 そこで声を上げたのは、綾瀬だった。


「え? いいの!?」


「ん?」


 綾瀬は驚いた表情をしている。それも無理はない。話の流れからして、俺と綾瀬が一緒に帰るということだからだ。

 しかし花音はいたって平然としていた。

 そのことに綾瀬は驚きながらも、恐る恐る尋ねた。


「だって、彼氏が他の女子と一緒に帰るのって嫌じゃない……?」


「んー、嫌って言うか嫉妬はするかな?」


「それならなんで?」


「一緒に帰るくらいならいいかなって。それに最近あんまり話せてないんじゃない?」


 確かに花音の言う通り、俺は花音と付き合い始めてから綾瀬とほとんど話していない。

 付き合ったという報告はしたものの、今まではたまに取り合っていた連絡も今では取っていなかった。


「私の約束とかほったらかされたら嫌だけど、今日のところは約束してないし、颯太くんの交友関係は狭めたくないからね。……嫉妬しないって言ったら噓にはなるけどさ」


 花音が一瞬顔を曇らせたのはそこだった。

 逆に俺も、花音が他の男子と話していれば嫉妬はする。

 しかし、そこを止めようとは思わない。

 同じように花音も考えてい。


 そして……、


「浮気とかはないって信頼してるから。それに、あとで私も構ってもらうもん」


 花音ならそう言うだろう。

 わかっていて、俺自身も似たような考えになる。


 ただ、それを率直に言われる……しかも女友達に対してということに、俺は少しだけ照れてしまい誤魔化すように髪をいじっていた。


「ふー……。ごちそうさまですっ!」


「やめろ」


「愛されてるなって思って」


「やめてください」


 綾瀬はニマニマとしながら、俺をいじってくる。

 言葉にされることで改めて実感するが、校門前での辱めに俺のメンタルは限界だった。




 花音とは別方向に俺たちは歩き始める。

 十分もあるかどうかの時間に、綾瀬は早速話し始めた。


「いやぁ、信頼されていていいね」


「……やめてくれ」


 信頼されていることや、愛されているという実感はある。

 それだけ花音は俺のことを疑うことはしない。


 俺自身わかっているからこそ、そのことを口に出されると嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。


「まあでも、上手くいっているようで良かったね」


「急だな……」


「そこは気になってたからねっ」


 かなり遠回りしているが、ここは突っ込まないことにする。


「前々から見てても、二人はくっつきそうだなって思ってたもん」


「そうか? 俺がちゃんと意識したのって文化祭の時だぞ?」


「雰囲気からさ、いずれはそうなるんだろなって。……もしくは双葉ちゃん!」


 ――コメントしづらい。

 双葉に告白されたという話はしていないが、花音や双葉との関係を怪しいんでいることを綾瀬は前にも言っていた。

 俺にはわからないが、周りから見るとそういった雰囲気もわかるのかもしれない。


「……まあ、本当に付き合ったらそれはそれで寂しかったりもするけどね」


 綾瀬は寂し気な表情を見せる。

 一度告白されているため、俺は何も言えない。

 付き合えるとは思っていなかったと言っていたが、それでも綾瀬にとって俺は好きな人……もしくは過去に好きだった人になるのだ。


 仮に花音が別の人と付き合っていたとして、祝福する気持ちがあっても拭い切れない心のもやはあったはずだ。


「……っ! って、ごめん!」


「い、いや……」


「応援してるのは本当だよ? 私もやっぱり年頃だし、恋愛とかいいなぁって思ったり」


「……俺だって今こうしていられるのが奇跡みたいなもんだよ」


 今まで恋愛のレの字もなかったのだ。ここ一年で何人にも告白されてモテ期が来たと思ったら、初恋を経験して彼女までできたのだ。

 俺にとって程遠い話だと思っていた。今までが夢だと言われても信じてしまうほど、この一年での変化は驚きの連続だった。


 しかし、どうやら綾瀬はそう思っていないらしい。


「奇跡なんかじゃないよ」


「え?」


「青木くんは優しいから、今までの積み重ねがあったんだと思う。青木くんが気付いてないだけ」


 人のことを無条件に好きになるなんてない。

 例え後付けだったとしても、そこには何かしらの理由がある。例えば『カッコいい、可愛いから』『優しいから』『何かをしてくれたから』『雰囲気が合っているから』『落ち着くから』なんてことだ。

 ……それが大きなことだろうと、小さなことだろうと。


 小さな積み重ねがあったからこそ、今の俺がいるということを綾瀬は言いたいのだ。


「そんな青木くんと友達でいられるのが、私は嬉しいよっ」


 そう言って綾瀬は満面の笑みを見せた。


 綾瀬がいなければ、また結果も変わっていたかもしれない。

 そのことを考えると、俺も綾瀬と友達でいられて……友達になれて良かったのだと思っていた。


「またさ、かのんちゃんとも話したいなっ。私、そんなに話したことないんだよ」


 普通コースとスポーツコースで同じクラスにならなければ、関わる機会も少ない。

 お互いに友達は多い方だろうが、だからこそ二人は顔見知り程度の関係だった。


「わかった。また花音に話してみるよ」


「やったっ! 楽しみ!」


 きっと二人は仲良くなれると思う。

 そう思ったからこそ、俺はそう答えた。

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