第159話 春風双葉は幸せを願う

 放課後、俺はバイトのある花音を見送ると、虎徹と二人で帰った。

 花音とは家が逆方向のため、基本的には一緒に帰らない。ただ、虎徹も若葉もいないという状況で、お互いにバイトがなければ帰るのだ。


 俺が帰宅して着替えていると、携帯にメールが入った。

 幸成さんからだ。

 俺と話をした後、その日に連絡先を交換していた。

 そんな幸成さんからのメールには、昨日花音と話したことが書かれており、今日の花音の機嫌がどうだったかと様子を窺っているようだ。

 特に悪いわけもなく普通だったことを伝えると、安心してる様子だった。


 しばらく勉強をしようと教科書を広げると、今度は着信が入る。


「何なんだ今日は……」


 ここまで頻繁に人と連絡を取ることは多くない。

 花音とはこまめに連絡を取っているが、それ以外はたまに四人でのグループメッセージをするくらいだ。あとはちょっとした連絡事項をするくらい。

 そのため、ここまで連続して連絡を取るのは珍しかった。


 電話をかけてきたのは……、


「双葉?」


 電話は珍しい。そう思った俺は電話に出る。


「どうした?」


『あ、せんぱーい。今暇ですか?』


「暇ではないけど、時間は空けられるぞ」


『その言い方意地悪ですねぇ。最近、あんまりバスケしてないなぁと思って』


「確かにそれはそうだな」


『今日部活休みなんですけど、凪沙ちゃんが友達と遊ぶらしいので暇なんですよねー。ということでバスケしましょう!』


「唐突だな……」


 俺は双葉に告白されて以降、なかなか連絡が取れなかった。

 もっとも、ちょうど冬にある全国大会の予選があったこともあったためで、特に気まずいということはなかった。

 修学旅行のお土産を渡しに行き、その際に花音と付き合いだしたことも伝えていた。


 お互いに異性と遊ぶと嫉妬はする。

 しかし、例外があった。


「いつもの場所でいいか?」


『大丈夫ですよー。私も十分後くらいに着きますー』


「わかった準備する」


 俺はそう言い、電話を切る。

 そして花音に『双葉にバスケ誘われた』と連絡を入れた。


 花音とは付き合い始めてから、約束事を決めていた。

 お互いに異性と遊ぶことは基本的にないが、もしあった場合は報告をするということだ。

 ただ、若葉と双葉に関してはお互いに気心が知れているため、特に制限がない。花音の場合は虎徹と遊ぶ時も同じだ。

 念のために連絡を入れるが、花音からは『りょうかいー』と軽い返事が返ってきた。


 俺は急いで準備をした。




「先輩、情けないですよ」


「……面目ない」


 双葉とのバスケは久々で、俺はすぐに体力が尽きて息を切らしていた。


 一人で軽く運動をすることはあっても、なかなかちゃんと運動ができない。

 そのため、久しぶりにちゃんとしたバスケをすることができ、体力のなさを痛感している。


「むしろ、普段部活をしていてたまにの休みなのに、よく体力持つよな」


「いえ、最近はそうでもないですよ? 大会後なので軽めの練習が多くて、体力が有り余ってます」


「怪我には気をつけろよ? ……って、俺が言わなくてもわかってるか」


「そうですねー。わかっているので大丈夫! ……って言いたいところですけど、よく他の人に止められます」


「双葉は無理をするからな」


 去年も似たようなことを言っていた気がする。

 休日にも関わらず練習をしたがる双葉に、俺は何度かストップをかけていた。


「でも、体力は最近ついたと思います」


「そうなのか?」


「はい。なんたって、凪沙ちゃんがいますから」


「ああー……」


 凪沙は体力がある。

 純粋な技術は双葉に劣り、練習をしていとはいえ今の俺と同等レベルだ。それでも無尽蔵とも言える体力を持っているため、どれだけ練習をしようとも常人ではついていけない。

 もっとも、ある程度の技量はあるため、強豪の桐ヶ崎の中でもすでに控えでも序列は上の方らしい。


「どうしてああなったんだろうか……」


「内緒ですけど、先輩に憧れてたからですね。上手くなりたくて練習を頑張っているうちに体力がついたとかなんとか」


「兄の俺が初耳なんだが。というか、それ言ってよかったのか?」


「だから内緒なんですよー」


 凪沙が俺に憧れているというのは初めて知った。

 指導をしてくれた双葉に憧れているということは知っていたが、俺にはそんな素振りを一切見せなかった。

 双葉に教えたのは俺で、そんな双葉に教わっているのに、だ。


 俺自身、尊敬してもらいたかったわけではないが、いささか態度が冷たいと思っていたのだが……、


「照れ隠しってことか?」


「そうだと思いますよー」


 妹の意外な一面を知り、俺は少しだけ嬉しくなっていた。




「ところで先輩、花音先輩とは上手くいってます?」


「……さーて、練習練習」


「あからさまに話逸らさないでくださいよー」


 俺から休憩を取ろうと言ったが、練習を再開しようとしていることが不満だった双葉は俺の袖を引っ張って再びベンチに座らされる。

 ――力強すぎないか?


「どうなんですか?」


「なんで聞くんだ?」


「私、めちゃくちゃ背中押したと思ってるんですけど! 聞かせてくれてもいいじゃないですか!」


 確かに双葉には感謝している。

 双葉に告白されていなかったら、俺は花音に告白することもなければ、気持ちを自覚することもなかっただろう。


「……ていうか、俺が言うのもなんだけど惚気てもいいのかよ」


「いいんですよ。私は大好きな先輩が幸せならいいので」


 俺はいい後輩を持った。

 前々から思っていたが、この時改めてそう感じた。


「私だって付き合えたらいいなって思ってはいましたよ? でも、先輩が私に対してそういう気持ちがなかったことくらい知ってましたから。ワンチャンあればいいなとは思いましたけど、告白したのも伝えずに後悔したくなかっただけで、花音先輩と付き合いだしてからだとそうはいかなかったと思います」


「まあ、気まずくなるよな」


 知っている仲なのだ。

 花音と付き合っている今に告白されてもワンチャンもなければ、多分もっと気まずくなっていた。

 知り合いの彼氏を奪おうとしていることになるのだから。


「……詳しい話は恥ずかしいから言いたくないけど、上手くいってるよ」


「そうですか……。それならよかったです!」


 双葉はそう言い、ニカッと笑う。

 その表情の奥にある寂しそうな表情にも気付いていたが、俺は気付かない振りをした。

 その言葉に嘘偽りはないことを知っていたから。


「あ、そういえば花音のお父さんと会った」


「えっ?」


「ご飯食べて、酔いつぶれたところを送っていったな」


「何ですかそれ! 詳しく教えてください!」


 幸成さんの醜態しゅうたいを事細かに勝手に話すわけにもいかないため、俺はかいつまんで話をした。

 しばらく談笑を続けると、本来の目的である練習をあまりしていなかったことに気付き、それから俺たちは暗くなるまで練習を止めることはなかった。


 翌日は筋肉痛で体がバキバキになったのは言うまでもない。

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