第158話 青木颯太は噛み締めたい
「なあ、花音」
「ん? どうかした?」
「これ」
俺はそう言って八千円弱入った封筒を渡す。
「えっ、どうしたの急に? 受け取れないんだけど」
「前に幸成さんに渡されたタクシー代のおつり」
「ああー……」
二日前の幸成さんを送っていった日、俺はタクシーで帰った。
本当は電車で帰ろうとしたのだが、「世話になっておいて申し訳ないから」とタクシーで帰らされ、その際に万札を渡された。
ただ、俺の家まで二千円を少しのため、かなりのおつりが出てしまったのだ。流石にそのまま持っているわけにはいかず、月曜日の今日に花音に渡そうと思っておつりとレシートを封筒に入れて持ってきていた。
「ちょっと話は聞いたけど、お父さんが色々と迷惑をかけたみたいでごめんね?」
「いや、俺は大丈夫だよ。色々と聞かせてもらったし」
「色々……ねぇ。ホント、勝手な人だよ、お父さんは」
「そう言って嬉しそうじゃない?」
「え? そうかな?」
花音は悪態をつきながらも、どこか嬉しそうに頬を緩めていた。
「んー……、まあ、反対されなかったからさ。それに、あのお父さんが颯太くんのことべた褒めだったからね」
「お、おおう……。嬉しいのやら恥ずかしいのやら」
酔った勢いもあったのかもしれないと思っていたが、花音にも話したということは後日……昨日のことだろう。
それでも褒めていてくれたのなら、勢いだけではないということだ。
「とりあえずどうしようかな……。連絡してみるね」
花音はそう言って携帯を操作する。幸成さんに余ったお金をどうするのかという連絡だ。
その返事はすぐに返ってくる。
「えーっと……、『今度二人で出かけるときにでも使え』だってさ」
「いいのかそれで」
一応公認で認めてもらっているのだろう。
その厚意はありがたく受け取っておく。
「でも俺が持っているのもなんだから、花音が預かっておいてほしい」
「まあ、それもそっか。……確かに受け取りました」
「確かに受け取られました」
そんなしょうもないやりとりをした後、俺たちは数秒の沈黙を挟んでクスっと笑っていた。
ちょっとしたことでも幸せを感じる。それはまだ付き合いたてだからかもしれない。
俺たちはそんな小さな幸せを噛みしめていた。
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