第157話 青木颯太は想う
幸成さんの気持ちを聞けたことで、今まであった複雑な気持ちがなくなっていた。
しかし、花音の母親のこと……今まで聞いたことのなかった話を聞き、俺は複雑な気持ちになっていた。
そして、一つの疑問がった。
「……この話って、花音さんもタイミングを見て言おうと思っていたとは思います。それなのに聞いてよかったんですか?」
「気にするな、私だって当事者なんだ。花音には私の方から伝えておくよ。責められるなら私だ」
「なんか、申し訳ないです。……そもそも聞いてよかった話なのかなとか思ってますけど」
「結婚するんだろう? それに彼氏なんだ。いきなり重い話かもしれないが、いずれは知っておかないといけないだろ」
「そう……ですね」
その言葉が俺には嬉しかった。
幸成さん……彼女の父親に認められてような気持ちになったからだ。
「……青木くんは花音のことをどう思っているんだ?」
「えっと……、それはどういう意味で?」
「どういうところが好きなのかということだ」
それを言うのは気恥ずかしい。なんせ彼女の父親んなのだから。
しかし、幸成さんの本心も聞かせてもらったことで、俺も真剣に答えないといけないと思っていた。
「そうですね……、可愛いところですかね」
「ほう?」
「性格も可愛いと思います。ちょっとひねくれていて寂しがりやなところはありますけど、そういうところも素敵だと思います。それに、まあ……顔も可愛いですし」
容姿のことは一つの判断材料で、そこで惹かれた部分もなくはない。
ただ、性格の面を見ても、仮にどんな容姿だったとしても惹かれていたと断言できる。
それだけ、俺は花音に惹かれているのだ。
酒は飲んでいないはずだが、俺は顔が熱くなっていた。
「花音は可愛いだろう? 私が言うのもなんだが、自慢の娘だ」
幸成さんはそう言って泣き崩れる。
酒が入っているからか、情緒不安定だ。
「素直じゃないところもあるが、花音は本当にいい子なんだ。私にはもったいないくらい」
――ツッコみづらい。
肯定すれば幸成さんを落とすことになり、否定すれば幸成さんの言葉を否定することになる。
俺は黙って聞いていた。
「花音の幸せのために、いい学校に行くように言ってきたんだよ。それが正しいと思っていたが、間違っていたのかもしれないな」
中学校も私立で、高校進学の話も私立に行くように言われていたことを聞いていた。
花音は幸成さんの見栄のためだと言っていたが、幸成さんは花音のことを考えてそう言っていたのだ。
上手く気持ちが伝わらなかったのだ。
「俺は幸成さんの考えが間違いだとは思わないですよ」
「そう言ってくれるのか?」
「はい。公立もいいところがあると思いますから一長一短だとは思ってます。でも、設備自体は私立のが整っていると思うので。……って、子供の俺が言っても説得力ないですけど」
「いや、ありがとう」
俺はわからないことが多い。子供だからということは言い訳になってしまうが、事実そうなのだ。
実際に花音は勘違いをしていた。しかし、落ち着いて客観的に話を聞いてみると、花音のことを考えているからこそのことだということが伝わってくる。
「中学生の頃も、色々とあってふさぎ込んでいたみたいだから心配していたんだ。……だが、海外赴任の話が出た時、『友達と一緒にいたい』と言われたのは衝撃的だったよ。……その友達というのは、青木君のことかな?」
「俺も含まれているとは思いますけど、俺だけじゃないですよ」
「そうなのか。……私が知らないところで成長しているものなのだな」
以前の花音は本性を隠して、猫をかぶっていた。今ではそのガードも解けており、素で接している。
そして幸成さんも、最初の時とは違って酒が入ってからは口数が多くなっている。
似ていないようで、案外この親子は似ているのかもしれない。
花音の主観で勝手に悪い人だと思い込んでしまっていたが、幸成さんが悪い人ではないということはすでにわかっている。
花音がどう思っているかはわからないが、俺はこの人が憎めなかった。
「そういえば、海外赴任の話はどうなったんですか?」
「ああ……、流石に私もずっと花音と離れているのは心配だからな。無理を言って短期の出張に変えてもらったよ。今日戻って来たんだ」
「今日花音に会いに来たのって、もしかしてそれが理由ですか?」
「ああ、そうだ」
花音の顔を見るため、時差ボケもあるかもしれない中で会いに来た。父親として安心したかったのかもしれない。
しかし、その気持ちは花音には伝わっていなかった。
「青木君……、私はどうやって花音と接していけばいいだろうか?」
「それ、俺に聞きますか?」
「君ならいい答えがあるかと思ってな」
少なくとも娘の彼氏に聞くことではないと思うが……。
「どうでしょう。素直に気持ちを話せばいいんじゃないですかね?」
「そんなの……恥ずかしいだろう。父親の威厳もある」
前言撤回。
かもしれないではなく、花音と幸成さんは似ていると断言できる。
少なくとも素直になれないところは一緒だった。
時間も時間なため、俺は店を出た。
……完全に酔いつぶれた幸成さんを担いで。
「青木君、すまないね」
「いえ、これくらい大丈夫ですよ」
俺たちは再びタクシーに乗ると、幸成さんが別で借りているマンションにやってきた。
足取りのふらつく幸成さんに鍵を借り、ドアを開ける。
リビングに鎮座したソファに寝かせる。キッチンにあったコップは出張の間に誇りを被っており、一度洗ってから水を入れて幸成さんに持っていく。
「ああ、ありがとう。……情けないところを見せて申し訳ない」
「いいですよ。幸成さんも色々溜まっているでしょうし」
最初の寡黙で渋い男性という印象はどこにいったのやら、自分のことすらできないほど酔っていた。
ただ、花音の父親ということもあり、俺は嫌な気持ちはない。
「……君は本当にできた人間だな」
「そう思ってもらえているなら嬉しいです。ありがとうございます」
「これからも花音のことを頼む」
「もちろんです」
たった数時間だが過ごしてみると、俺は幸成さんという人間がどういう人なのかということが分かった。
花音と一緒で素直になれず、気持ちの伝え方もどこかズレている。それでも優しく、花音のことを想っている人だった。
「いつか、お義父さんと呼ばれることを楽しみにしているよ」
そんなことを言われたものだから、俺はこれからの将来のことを想像し、照れてしまう。
いつかそんな日が来てほしい。
俺はそう望んでいた。
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