第155話 青木颯太は気まずい

「今日はごめんね」


「いや、うん。大丈夫」


「取り乱して、口調荒れちゃったのも……恥ずかしい」


「そういう時もあるよ。気にしてない」


「……うん」


 花音の父親がやってきたこともあり、俺たちの甘い雰囲気はどこかに行った。

 すでに出ていったとはいえ、花音の父親に見られたこともあってお互い落ち着かず、俺は帰ることになった。


 玄関で靴を履き、帰ろうとしている俺に対して花音は申し訳なさそうにしている。

 残念でないと言えば嘘になる。しかし、良い雰囲気になって関係が進展するだけがすべてではなく、これから時間はあるため気にするほどでもないのだ。


「じゃあ、また」


「うん。また学校で。今日はありがとう」


「こちらこそありがとう」


 照れ笑いしている花音に玄関まで見送ってもらい、俺は家を出た。

 外は少し肌寒く、そろそろコートでも出したいなんて考えながら帰路につこうとしていた。


 その時だった。


「えっ……?」


「待ってたよ」


 花音の父親は、マンションの目の前で佇んでいた。

 ――早めに出てきてよかった。

 長居していれば、邪推されたかもしれない。


「えっと……、お父さん……」


「君にお父さんと呼ばれる筋合いはない」


「す、すみません。じゃあ、なんとお呼びすれば?」


「うむ……」


 俺が尋ねると、花音の父親は黙り込んだ。突っ込んだはいいものの、考えていなかったのだろうか。

 普通に考えると、花音のことは名前で呼んでいるため、『本宮さん』と呼べばいいところではある。しかし、それは質問してから気づいたため、とりあえずは返答を待っていた。


「……私の名前は幸成ゆきなりだ」


 ――名前で呼べってことか?


「えっと、幸成さん……」


 俺がそう呼ぶと、幸成さんは小さく頷く。

 これでいいということだろう。


「待っていたってどういうことですか?」


「ああ……、ここじゃなんだ、もうすぐタクシーが来るから乗ってからでいいだろう」


 ――いったいどこに連れていかれるのだろうか。

 俺は冷や汗を垂らしながら、タクシーの到着を待っていた。




 タクシーを待っている間は無言だったが、数分するとやってくる。俺と幸成さんはそのまま乗り込んだ。

 そして目的地は聞かれたが、「適当に走らせてくれ」と答え、当てもなく俺たちは移動していた。


「あの、これからどうするつもりですか?」


「ああ……、青木君はこのあたりで美味しい居酒屋は知っているか?」


「未成年ですよ?」


「……それもそうか」


「あっ、でも、飲める所ならあります」


「ほう?」


「バイト先なんですけど、中町食堂っていうところです」


「そうか。……運転手さん、そこに向かってください」


 適当に走らせていた運転手は、「了解しました」と言って俺の知る方向へと向かい始める。

 目的もないまま走っていたため不安があったが、よく知る道に戻ったことに安心感を覚える。


「あの、幸成さんはよくお酒を飲まれるんですか?」


「仕事の付き合いくらいだ。あまり飲まない。今日はそういう気分なだけだ」


「そうなんですね……」


 場の空気を変えようと話しかけてはみたが、逆に話しかけづらくなってしまった。


 普段は飲まない人が飲む。

 知らないうちに娘に彼氏ができていたためのやけ酒だということに気が付いてしまったからだ。




 気まずい空気のまま店に到着し、俺たちは個室に入った。

 俺は事前に店長に連絡を入れており、店長は快く了解してくれた。……が、あとで根掘り葉掘り聞かれるかもしれないため、覚悟しておこう。


「好きなものを頼んでいいぞ。もちろん私が払う」


 席につくと、幸成さんはそう言った。

 しかし、先ほどご飯を食べたばかりの俺はお腹が空いていない。かと言って厚意をむげにするわけにもいかず、俺は適当に焼き鳥の皮塩とコーラを注文する。幸成さんは焼き鳥数種類と枝豆と日本酒だ。


 飲み物はすぐに届き、幸成さんは一口だけ酒を飲むと話を切り出した。


「……花音とは付き合ってから長いのか?」


「いえ、まだそんなには経ってないです」


「そうか……」


 具体的な日数を言うことは気恥ずかしいため、そう言って曖昧に濁した。


「今更だが、青木君は花音と同い年でよかったか?」


「は、はい」


「勉強の調子はどうなんだ?」


「まずまずです。花音……さんや他に友達もいるので、勉強会をしたりしています」


「なるほどな」


 基本的には俺のことを探っているような質問が続く。

 そんな中、幸成さんは酒をぐいぐいと飲み進め、気が付けば顔は赤くなっている。

 ……ほんのりではなく、かなり真っ赤だ。


 それでもさらに追加注文をするが、俺は止められるわけもないため黙って見守る。


 するとだいぶ酔ってきた幸成さんは、涙目になっていた。


「ど、どうしたんですか?」


「いや……、花音がいつの間にか成長したということがわかってな」


「は、はあ……」


「成長したのは嬉しいが、彼氏ができたということは父親として複雑な気持ちだよ」


「なんかすいません……」


 父親の気持ちというのはわからないが、娘に彼氏ができるのが寂しく思うということはよく耳にする。

 花音に対してあまり干渉をしてこなかったが、それでも幸成さんは父親としても面を持っているということだ。


「青木君」


「は、はい」


「花音の母親のことは聞いたことはあるか?」


「いえ、聞いたことはないです」


 父親……幸成さんの話はたびたび出ていた。しかし、母親の話を聞いたことはなかった。

 気になっていないわけではない。ただ、うかつに踏み込める話でもなく、花音の方から話していくれるのを待っていた。


 花音は今でも幸成さんと連絡は取っている。

 しかし母親とはそんな話も聞かないため、連絡を取っていないのだと考えている。

 家族が仲違いした原因。……それは母親が関係していることだった。

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