第154話 かのんちゃんは腹立たしい

「花音、久しぶりだな」


「……はい」


 花音は目に見えて動揺している。

 俺が動揺しているのと同じく、急に帰ってくると思わなかったのだろう。


 しかも『久しぶり』というくらいなのだから、最近は会っていないということになる。そうなれば帰ってきてもいないはずだ。

 そんな花音の父親が、俺が来たタイミングに限って帰ってきた。

 とはいえ、少なからず花音の父親も難しい顔をしていて俺が来ているのは知らない様子だ。俺が花音と一緒にマンションに入っていくのを見たというわけもない。


「は、初めまして。青木颯太といいます」


 こんな状況でも、彼女の父親との対面で挨拶はしなければならないと、我に返った俺は口を開く。

 花音の父親は数秒黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。


「花音の父親だ」


 不愛想……と言うよりも無表情にそう言う。


「青木君は、花音とどういう関係だ?」


 答えは簡単だ。

 俺は『付き合っています』と言おうとしたが、状況を飲み込めてようやく動揺がなくなった花音が不機嫌そうに答える。


「颯太くんは私の彼氏」


「そうか」


「今は高校生だからまだだけど、いつか結婚するから」


「……そうか」


 花音の父親はぶっきらぼうに返事をするが、『結婚』という言葉を聞いて僅かながら動揺したように見て取れる。

 むしろ反対されるのかと思っていたが、予想以上にすんなりと受け止められた。花音が以前言っていたように、花音に興味がないからなのかと思ってしまう。


 そんな態度の父親に、花音は少しずつヒートアップしていく。


「文句ある?」


「……いや」


 煮え切らない父親の態度に、花音はイライラとしている様子だ。

 以前電話していた時は敬語になっていたような気がするが、今は一切丁寧な言葉を使う気もないように荒れていた。


「学生らしい健全な付き合いなら、私は否定するつもりはない。好きにすればいい」


 一応は認められた。

 それはありがたいことだ。

 ただ、花音は無関心にも聞こえる父親の言葉に、さらにフラストレーションが溜まっている。


「普段は帰ってこないくせに、なんで急に帰って来たの?」


「いや、たまたま近くに寄ったからな。顔だけでも見ておこうと思っただけだ」


「いつもそんなことしないくせに。何でこういう時だけ間が悪いの」


 怒っている花音と、罰が悪そうな父親。

 普段は帰ってこないことを考えると花音の言いたいことは最もだが、父親としては自分の家に帰ったというだけだ。ある意味、別荘に来た感覚なのかもしれない。

 それに、今まで関心がなく知らなかったとはいえ、彼氏のいなかったはずの娘が男を連れ込んでいるなんて予想だにしていなかっただろう。


「それは……、すまない」


 厳格そうな父親だが、花音の勢いに圧倒されている。

 不純異性交遊だからと怒られても仕方のないことのはずだが、見た目や雰囲気とは裏腹に案外理解があるのかもしれない。


「……邪魔したな。私は出ていくとするよ」


 そう言って父親は部屋から……家から出ていった。

 何故かその背中は哀愁が漂っていた。


 残された俺と花音の間には、微妙な空気が流れていた。

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