第153話 かのんちゃんは縮めたい
「ふぅ……、やっと下ろせるー」
「色々買ったもんな」
花音の部屋に入ると、まずは荷物を下ろす。
俺が持っている荷物の半分は花音のもののため、花音に渡す。
……花音は自室に運んでいるのだが、俺は
入ってもリビングまでだ。
彼女の部屋というものに興味も湧くが、流石に見たいなんて言えなかった。
――いつかは入る日もあるんだろうか。
そう思いながら、どこで待っていればいいのかわからない俺は、リビングの真ん中で花音が戻ってくるのを待っていた。
そして花音が戻って来たと思ったら、いつの間にか着替えている。
デート用に着飾っていた服から、オーバーサイズのパーカーというラフな格好に変わっている。
一日で二度楽しめるということに、俺の胸は熱くなる。……色々な花音の一面を見れることが嬉しかったのだ。
「……ん? どうかした?」
「なんでも」
誤魔化すように俺は首を振る。
この時、ようやく一つのことに気が付いた。
「あれ、出かけるの?」
花音は小さめのポーチを肩にかけていた。
てっきりそのままご飯なのかと思っていたが……。
「本当に思いつきだったから、大したものないから食材買いに行きたいなって思ってさ」
「あぁ……、なるほど」
誘ってくるものだから、元々その予定なのだとばかり思っていたが、そういうわけではなかったということだ。
「じゃあ、何で急なのに呼んでくれたの?」
「……わかるでしょ」
花音は顔を赤くし、照れ隠しに悪態をつきながらそう言った。
その表情を見ればもう察しているが、花音は続ける。
「……もうちょっと一緒にいたかったから」
そのまま抱きしめてしまいたい衝動に駆られるが、二人きりの密室で感情が暴走してしまっては止まる気がしない。
俺は自然とにやけてしまっている気がして、手で咄嗟に口元を塞いだ。
花音は俯いて耳まで真っ赤にしている。
俺たちはしばらくの間、無言のままだった。
気まずい空気が流れるが、嫌な空気ではない。恥ずかしくてもどかしいような空気だった。
そんな中、俺たちは近くのスーパーへ買い物に出かける。
最初は何とも言えない微妙な空気だったが、徐々に会話は増えていき、食べたいものの話をしているうちに気まずさはいつの間にかなくなっていた。
スーパーに到着すると、俺たちはカートを押しながら食材を見て回る。
「とりあえず……、ハンバーグでよかったよね?」
「ああ、うん」
食べたいものが多くて、結局どれにしようか悩んでいたところっはあったがハンバーグで決着はついた。
花音は確認の意味も込めて俺に問いかけた。
「基本的には家に揃ってるんだけどねぇ……。パン粉とか卵はあるから、お肉と牛乳くらいかな? あと添え物にニンジンも欲しいな」
「了解」
まずは入り口から一番近い野菜のコーナーに向かう。
「……だいたいこういう時って新鮮な物とか選ぶけど、俺よくわからないんだよなぁ」
「結構大きさとかで選ぶけど、茎の切り口が細いものとかひげがあんまり生えてない方が美味しいらしいよ」
「へぇ……」
「逆に切り口が太かったりひげが生えてると、収穫遅れがだとかなんとか」
「なるほど……。よく知ってるな」
「そりゃ、自炊してるしね」
花音はわざとらしく「えっへん」と言いながら胸を張っている。大きめのパーカーで慎ましく見えるものが強調され、つい視線が惹きつけられてしまう。
「……颯太くんのえっち」
「んなっ!」
「周りに人いるのに……」
――逆に周りに人がいなかったらいいのか!?
そんな発言に俺はどぎまぎさせられてしまう。
……健全な男子として許してほしいものだ。
花音はそう言いながらも特に気にはしていないようで、ニンジンを選んだ後も他の食材を次々とカゴに入れていく。俺はカートを引いて、ただ花音についていくだけだ。
こうやって生活的なものを買い物するのも、昼間のようにデートとして出かけるのとはまた違ってこれはこれでいいと思っていた。
それは花音も同じようだ。
「めちゃくちゃベタなこと言うけどさ」
「ん?」
「……なんか新婚さんみたいだね」
「……そうだな」
こういうことが当たり前のように行われる日がいつか来るのだろうか。
そう思いながらもスーパーの中ということもあって、俺は恥ずかしさを表情に出さないように平静を装った。
花音も同じく何ともないような表情をしているが、耳は赤く、明らかに照れているのがわかった。
買い物を終えた俺たちは家に戻ると、花音は早速ご飯の仕度を始める。
「俺も何か手伝いたいんだけど……」
「んー……、今日は任せて」
「でも、悪いし……」
「私がしたいんだ。こうやって手料理するの初めてだし、作るのも洗いものとかも全部してあげたいなって。……だから今度来た時はお願いしようかな?」
「わ、わかった」
付き合っているため当たり前かもしれないが、次があるということが嬉しくてたまらない。
「じゃあ、適当にテレビでも見てて」
そう言って花音はキッチンに向かっていった。
一人取り残された俺は緊張しながらも、適当にテレビをつけていたが内容は頭の中にまったく入ってこなかった。
「できたよー」
しばらく流れている映像をただ眺めていると、声をかけられる。
花音は皿に盛り付けてあるハンバーグを持っていた。ニンジンのグラッセも添えられている。
いつの間にかかなり時間が経っていたようで、俺の腹の虫も鳴いていた。
「ふふっ、ちょっと待ってね」
そう言って花音は次々と運んでくる。
ご飯と味噌汁、サラダ、漬物もあった。栄養バランスもそうだが、彩り豊かで食欲をそそる。
「じゃあ食べよっか」
「うん。……いただきます」
「いただきます」
ハンバーグをまず一口。溶けていくように柔らかく、箸がスムーズに入る。そして中から肉汁が溢れ出してきて一口食べると口の中が幸せでいっぱいになる。
「美味しい!」
「そっか。……よかった」
花音は安心そうな顔をして箸を進める。
俺も次々に食べ進め、最後まで止まらない。
食べ終わってようやく箸を置いたところでお腹がいっぱいになっていることに気が付いた。
満腹感を感じずに飽きも来なかった。
「はあーっ、お腹いっぱい。ごちそうさま。めちゃくちゃ美味しかったよ。ありがとう」
「ごちそうさま。……そんなに喜んでくれたならよかったよ」
「花音の手作りだから百倍増しで美味かった気がする?」
「そんなに?」
そう笑う花音に、俺は見惚れてしまう。
その視線に気づいた花音は顔を赤くすると視線を逸らした。
「お口直しにプリンあるから、用意するね」
机の上の皿を片付けると、花音は急ぎ足でキッチンへと向かっていった。
それから食後のコーヒーとデザートとして花音お手製のプリンを満喫した俺たちは、まったりとしながら話をしていた。
すでに八時を回っているが、バイトの時なんかはいつも十時近くなっているため、そこまで焦る時間ではない。花音の予定もあるかもしれないと思いながらも、楽しそうに話している表情を見ていると帰るとも言い辛く、何より俺自身がまだ一緒にいたかった。
話しているうちにいつの間にか体を寄せ合っていたらしい。気が付くと、肩が触れ合うほど距離が近い。
それに気が付いたのはお互い同じタイミングで、目が合うとお互いに黙り込んでしまう。
この空気で何もできないはずなんてない。
俺がそっと両腕を花音の背中に回すと、花音はゆっくりと目をつむった。
……そして、顔を少しだけ上に向ける。
長くて綺麗なまつ毛。
艶やかで柔らかそうな唇。
俺は花音に近づいていく。
そして……、
玄関の方から鍵が開く音がした。
俺たちは驚いてすぐに離れる。
足音が聞こえ、リビングのドアが開く。
すると渋めの中年男性が姿を現す。
男性は部屋を見渡した後、俺に視線を向けて睨みを利かせる。
「お、お父さん!?」
「えっ」
花音はそこにいる中年男性を『お父さん』と呼ぶ。
まさか、こんな形で花音の・・・・・・彼女の父親との初対面を果たすとは、思ってもいなかった。
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